トルコリラ急落を受けて、報道が少し国際的になっている。この間、この国ではボクシング、アメフト、レスリング、そして紀州のドンファンばかりだったので、(苦笑)ちょっとだけ外向けになって少し嬉しい。
私は2年前のトルコクーデター未遂事件を取材したことがあって、この事態を少しばかり分析してみたい。今回のトルコリラ急落は米国とトルコの対立にあるのだが、その背景にあるのは7年間に及ぶシリア内戦だと思う。まずは、2年前に京都新聞に書いたコラムをお読みいただきたい。

2016年8月14日から22日までトルコに入った。7月15日に起きたクーデター未遂事件を取材するためだ。トルコは発展途上国ではなくG20に加入しているし、最大都市イスタンブールは、東京とオリンピックを争ったほど。そんな国の、選挙で選ばれた政権を軍事クーデターでひっくり返す、という「ありえないこと」が起こったのだ。
当日の出来事を時系列で振り返ってみよう。15日午後9時過ぎ、イスタンブール、ボスフォラス海峡に架かる大橋に戦車が現れる。大橋はアジアとヨーロッパをつなぐ交通の要衝。そこをクーデター軍が占拠したのだ。続いて軍はTRTワールドというテレビ局になだれ込み、通常放送をストップさせ「クーデター勝利宣言」を発表。同時刻、休暇中のエルドアン大統領がエーゲ海に面したホテルを脱出。ホテルはその10数分後に空爆されているから、脱出がもう少し遅かったら大統領は暗殺され、クーデターは成功していただろう。
首都アンカラでは国会がF15戦闘機で空爆された。大統領はCNNテレビにスマートフォンで出演、国民に対して「外へ出てクーデターを阻止しよう」と訴えた。何十万という人々が外へ出て戦車の前に立ちふさがった。約290名が射殺され1400名以上のけが人が出たが、人々は抵抗をやめなかった。翌16日未明、クーデター軍が投降を始める。こうしてクーデターは「未遂」におわった。
日本で言えば、永田町が空爆され、一時的にせよNHKが乗っ取られたようなもの。しかしこの大事件は、リオオリンピックや甲子園、スマップ解散などであまり報道されなかった。
当然クーデターが失敗すれば首謀者たちは死刑かそれ相当の処罰を受ける。「勝利の展望」がなければ決行しない。では「そのお墨付き」を与えたのは誰か?私は「米国かロシアしかありえない」と思った。
トルコの国会議員、ジャーナリスト、シンクタンク、テレビ局などを取材して「それは米国だ」と確信した。彼らの証言をまとめてみると①首謀者は米国亡命中のギュレン師である。彼はイスラム指導者で、1960年代からモスクの中に貧しい若者用の寄宿舎を建て始める。②70年代、そんな若者たちのために予備校や大学を開校し、トルコ中に弟子が増えた。今やギュレン師派はトルコ内外に100万人!もいる。やがてギュレン師は弟子たちを軍隊や警察、裁判所などに送り込み、権力の中枢を握り始める。③90年代に旧ソ連が崩壊、ギュレン師は英語教師をロシアに送り込む。その中にCIAの関係者がいて、ギュレン師と米国は情報交換を始める。④シリア問題でエルドアン大統領は急速にロシアに接近、米国はトルコに手をやくようになる。一方ギュレン師は大統領と激しく対立、政党を持たないギュレン師にとって、選挙での体制転覆は無理だった…。
ギュレンという人は、なんと40年以上かけて軍や警察、官僚たちを、つまり権力の中枢を支配してきたのだ。だからこそ大規模なクーデターが可能だった。
さて今後の中東はどうなっていくのか?相対的に米国の力が衰え、ロシアが台頭してくるのは間違いないだろう。

以上が2年前に書いた「トルコクーデター未遂事件」の顛末である。では「なぜ米国がトルコの体制を破壊しようとしたのか」について、シリア内戦との絡みで分析してみたい。

一般的に言って、シリアのアサド政権は反米だと言われている。確かにアサド政権はロシア&イランの支援を受けているので、その意味では「反米」である。米国とイスラエルにとっては、アサド政権は攻撃対象だ。
しかし今回のシリア内戦において、アサド政権を倒そうとしているのはイスラム勢力であり、その中心にいたのが「ムスリム同胞団」だった。この「ムスリム同胞団」こそ、イスラエルの天敵。ガザ地区を支配するハマスは、かつて「ムスルム同胞団ガザ支部」であった。簡単に言えば米国とイスラエルの本音は「アサドはダメ。しかしシリアの反体制勢力はもっとダメ」なのだ。だからシリア内戦において米国とイスラエルは、反体制勢力を支援するふりをしながら、反体制派を勝たせないで「どちらも長い内戦で疲弊させよう」と考えている。そして事態はその通りに進み、シリア内戦は8年目を迎えている。
当初トルコは、シリアの反体制派を支援していたが、米国とイスラエルの狙いを見破り始める。天敵であったアサドの存続を認めるしかないと判断したトルコは、ロシアに急接近する。これが米国は気に入らない。なので、エルドアン大統領の天敵ギュレン氏をそそのかせてクーデターに導いた、というのが私の見立てである。「敵の敵は味方」なのだ。エルドアンは独裁化して多くの民主化を求める人々を弾圧している。私も2016年11月にイスタンブールで入国を認められず強制送還になった。個人的には、こんな大統領は早く代わってくれ、と願う。しかし米国も同じような独裁者が大統領になっている。結局、このトルコリラ急落で得をしたのは、「政治的ネタを事前に察知できる投資家」ではなかったか?
リラ急落と株価の急下落、急上昇で大儲けをした人たちがいるのではないか?
基本的には軍産複合体とヘッジファンドなどは「世界が安定したら商売にならない」のだ。エルドアンとトランプの独裁化によって庶民が塗炭の苦しみを味わい、一部資本家が巨額の富を貪る。この構図が今回の騒動の本質なのかもしれない。

京都新聞の連載コラムで、南スーダン日報隠蔽問題について書いた。イラクの日報もそうだが、「全部公開すれば政権が吹っ飛ぶ」から隠したのだと思っている。
「戦闘ではなく衝突」(南スーダン)「自衛隊の活動する場所が非戦闘地域」(イラク)という、ふざけた答弁で危険地帯に派兵していた政府の責任は重大なのだ。
以下、コラムの内容です。

アフリカの南スーダンから自衛隊が撤退して1年が経過した。2016年7月に内戦が勃発した首都ジュバ。現地は今どうなっているのか、自衛隊はどんな仕事をしていたのか、そんなことが知りたくて今月4日にジュバに入った。
ケニア・ナイロビ発の飛行機がジュバ国際空港に着陸する。空港と言っても滑走路の横に仮設のテントが並んでいるだけ。そこが入国審査と税関だ。乗客は国連職員と私だけ。
空港を出て通訳ダニエルの車に乗り込み、トルコビルを目指す。「あれだ、あの高い建物」。ダニエルが指差す方向に9階建て、建設途中のビルがそびえている。隠蔽されていた南スーダンの日報、その16年7月11日分によると「ジュバ市内・衝突事案について」という表題の下に「13時15分、宿営地南方距離200、トルコビルに砲弾落下」とある。当日の様子を知るためにはあのビルに潜入し、現場を確認しなければならない。
赤い鉄門を開けて、ビルの敷地内に入る。政府軍の兵士が2人、コンクリート打ちっ放しの玄関に寝そべっている。ダニエルが兵士と交渉するも「ビルに入るのは絶対にダメだ」。私には確信があった。「こいつらは金で落ちる」。100ドル紙幣を右手に忍ばせて兵士に近づく。「南スーダンと日本は友人同士じゃないか。まずは握手だ」。密かに100ドルを手渡すと、兵士の態度が変化する。「そうだな、10分、いや5分だけだ。絶対に俺は撮影するな」。予感は的中。南スーダンでは兵士の給料は出ないか、出ても遅配だ。この国は上から下までワイロで動いている。
ビルの階段を上がっていく。5階の渡り廊下、窓からそっと下界を見下ろす。「ジャパニーズ・コンパウンド(自衛隊の宿営地)」ダニエルがつぶやく。まさにビルの真下が自衛隊の基地だった。16年7月8日、反政府軍がこのビルに立てこもった。ビルの真下に自衛隊の基地、そして基地の向こう側が空港だ。空港には政府軍、こちらのビルに反政府軍、その間に自衛隊の基地。ここで激しい戦闘が起きた。つまり隊員たちの頭上を無数の砲弾、銃弾が飛び交っていたことになる。「戦闘ではなく衝突」「ジュバは安全」。安倍首相や稲田防衛大臣(当時)の国会答弁は事実を無視した虚偽答弁だ。首相答弁との整合性が保てないので当初、陸上自衛隊は日報を隠さざるをえなかった。森友問題で財務省が公文書を改ざんしたように。
黒塗りが目立つ同じ日の日報には「着弾」「負傷」という文字が見える。帰還後PTSDやうつの症状を訴える隊員が多いという。そして2名が自殺、1名が傷病死と発表されている。傷病死した隊員は、あの日に「負傷」した隊員ではないだろうか?
一昨年10月12日、安倍首相は「(ジュバは)永田町よりは危険だ」と答弁。安倍首相は自衛隊の最高指揮官である。こんなふざけた答弁が許されていいのか。首相は部下である自衛官の命をなんだと思っているのだろうか。今からでも遅くはない、国会でしっかりと検証してほしい。

昨年京都新聞に書いたコラムです。エルサレムは街全体が大きな観光地のようで、キリスト教徒の黒人や韓国人の方々が観光バスで次から次へとやってきてました。今この街をめぐってまたまた争いが生じて多数の死者が出ています。トランプ大統領の責任ですね。日米のトップを早く変えないとダメですね。


2003年3月のイラク戦争から今年で15年が経過する。バグダッド空港は当時米軍が占領していたので、イラク入りするには隣国ヨルダンの首都アンマンから陸路で入るしかなかった。04年に2度目のイラク取材を敢行した。無事バグダッド入りした直後に日本人誘拐事件が起きる。陸路で誘拐されたのだ。原因は米軍のファルージャ大虐殺。「自衛隊を撤退させろ、さもなくば人質を焼き殺す」。衝撃的な映像が世界を駆け巡る。さて、どうやってアンマンへ帰る?ヨルダン人通訳のハリルが商店街へ買い出しに。私たちの作戦は「女装」。ニカブと呼ばれる全身黒ずくめの衣装を着て、タクシーをぶっ飛ばす。無事アンマンにたどり着き、夜空に輝くネオンサインを見て「ここには米軍の戦車も武装勢力もいない。電気が通ってるし水も出る!普通っていいなー」。しみじみと「平和であること」に感謝したものだ。
日本への帰国便が飛ぶのは数日後。「ハリル、一緒にイスラエルに行こうよ」。アンマンからエルサレムまでは直線距離でわずか70キロほど。しかしヨルダン人にとっては、はるか彼方。「ムスリムなら誰でもエルサレムに憧れるよ。しかし俺たちは訪問できない」。ハリルが悔しそうにつぶやく。ヨルダンの若者にはビザが下りないのだ。聖地アルアクサモスクは預言者ムハンマドが昇天したところ。「俺が生きてる間は無理だろうな」。ハリルを残し、乗り合いバスで国境を目指す。バスは坂道を転げ落ちるように下っていく。アンマンは標高1千m、ヨルダン川が注ぐ死海はマイナス600m。ここは大地溝帯、つまり地球の裂け目の起点部分。アラビア半島とアフリカ大陸が分裂して、そこに海水が流れ込んだのが紅海。その裂け目に沿って流れるヨルダン川流域は地底なので、年中暖かく農作物が豊富。だからここで文明が発達してユダヤ、キリスト、イスラムの三大宗教が生まれた、というのが私の仮説だ。
「アナザーペーパー!(別の紙)」。国境の係官に向かって叫ぶ。パスポート本体にイスラエルのスタンプを押されると、周辺アラブ国に入れなくなる。別の紙に押してもらい、ホチキスで止める。出国の際にその紙を外せば、パスポートは汚れない。イスラエルとアラブ諸国の対立は旅行者にまで及ぶ。
エルサレムに到着。まずはユダヤの聖地「嘆きの壁」へ。壁からふと外を見上げるとアルアクサモスクが見える。イエス・キリストが十字架を担いで登ったゴルゴタの丘には聖墳墓教会。イエスが歩いた道には処刑直後にオリーブの木が植えられたらしく、その樹齢は2千年だ。3大宗教の聖地は想像以上に近接し「一度でいいからここにお参りしたい」という世界からの観光客で一杯だった。
「エルサレムはイスラエルの首都だ」。トランプ大統領の一方的な発言は、この地に新たな紛争の種をまいた。エルサレムには東西を分ける分離壁がそびえている。トランプ発言は人々の心の中に新たな分離壁を作る。壁ではなく橋をかけるべきなのに。そんなトランプさんと仲良くゴルフして池の鯉に餌をやる安倍首相の映像が世界に流れた。ちょっと恥ずかしいな。

常岡被告が安田さんの拘束事件について、私の名誉を著しく毀損するツイートなどを繰り返したため、約2年にわたる裁判を経て、ようやく彼が謝罪し、私に対して解決金30万円を支払うに至りました。彼が謝罪の意思を示し、名誉棄損を認めたので、私は和解に応じたのですが、彼はしぶしぶツイッターに謝罪文を乗せただけで、全然反省していないようです。彼はこの後に及んでも「恥の上塗りのような釈明文」を発表しているので、以下、この間の事実を述べて、彼の釈明文を訂正いたします。


「簡単にご説明しますと、私は解決金30万円を支払い、西谷の「ジャーナリストとしての資質や人格」について、彼の名誉を毀損したことについて謝罪文をツイッターに掲載します。
一方、ご家族を無視して協力者を介し、勝手に犯人側関係者との身代金の話をし、ご家族や私たちの無償解放への尽力を妨害して安田くんの身を危険に陥れた西谷は、今後とも(?)、ご家族の意思を尊重し、安田くんの安全に最大の配慮をすることを約束しました。(これは常岡も、となっていますが、私はもともとご家族に全面的に協力しています)

<em>→ 「勝手に犯人側関係者と身代金の話をし」 と断定していますが、私はそんなことをしていませんので、「裁判で決着しよう」としていたのです。ところが常岡被告の方から「和解したい」という申し出があったので、証人尋問をせずに「和解」したのです。「和解したい」「謝罪したい」という彼からの申し出は、当然、自分の主張が間違って(つまり勝手な思い込み)いたということを認めたからだと、私は判断したのです。和解してから「負け犬の遠吠え」みたいな釈明は見苦しいだけです。

この問題に関心を持ってくださった皆さんには、ぜひ画像をアップしました和解条項の7と8を読んでいただきたいと思います。これが解決金30万円を代償とした部分です。
→ 違います。この裁判は「名誉棄損を認めるかどうか」の裁判です。7、8はそれに付随したもので一般的に安田さんの安全が一番、ご家族の意向を尊重すると述べているのにすぎません。30万円は私の名誉を毀損したから支払わねばならなかったのです。

判決を待つのが通常のやり方ですが、どんな判決が出たとしても、日本の法律では西谷が今後、再び安田くんの安全を脅かすことを食い止める命令は出してもらえません。
→ 和解を望んだのは常岡被告の方からなのです。事実を捻じ曲げての主張は見苦しい限り。なんならもう一度判決まで行きますか?私は再度、判決まで持っていってもいいですよ。


和解であれば、双方から条件を出し合うことができるので、この結論を選んだ次第です。こちらとしては、西谷を批判してきたこと自体が全て安田くんの安全確保のためでしたから。
 違うでしょう。証人尋問されて、常岡被告のデマがばれるのが嫌だったのだと思われます。

ジャーナリストであれば、本来守るべき最低限のモラルを、西谷に30万円渡してようやく約束させたことになります。
 なぜ30万支払って謝罪したのですか?名誉棄損したからでしょう?それこそ「ジャーナリストであれば、ちゃんとしたウラを取ってから報道してくださいよ。私が身代金交渉をした、とか安田さんの命を危険にしている、といった常岡被告の主張は、全くの「思い込み」でしかありません。

事実関係においては、常岡側に一点の間違いもないので、
→ それなら判決まで行けばよかったのでは? 「無償で解放できた」と主張する根拠は?なぜ常岡被告が頼っていたM教授は、この件に関する証言を拒否されたの? みなさんがご存知ないことをいいことにデマばかり主張するのは、もういい加減にやめたらどうですか?

虚偽の事実を書いたなどと謝罪することは不可能ですが、「イスラエルがシリアを核攻撃した」「ISはイランから軍事支援を受けている」だとか言ったデマを繰り返してきた彼の人格やジャーナリストとしての資質について重大な問題があることについて、事実を指摘したのは間違いありません。
→ 私がいつどこで「イスラエルがシリアを核攻撃した」とか「ISはイランから軍事支援を受けている」と言ったのですか?私が言ってもいないことを言ったかのようにデマを拡散してきたからこそ、あなたは謝罪に追い込まれたのでしょう?

これは事実であっても謝罪が可能です。
→ 意味不明。謝罪したのは常岡被告。

これまで西谷を利用されてきたメディアのみなさんは、彼の主張を採用することがどんな結果をもたらしかねないか、今後はよくお考えになっていただきたいと思います。
→ 一番卑怯な主張です。メディアの方々はそれぞれの判断で、採用不採用を決めておられます。恫喝してメディアから締め出そうとしているのは「安倍さん級の言論封鎖」ですね。呆れて物が言えません。

特に、今回の裁判で、彼は安田くんのご家族の意向をちゃんと確認し、尊重して行動するよう、約束させられています。今までのように本人の安全を無視して、身代金ありきで行動することは、安田くんの命を奪いかねず、その責任は西谷本人だけでなく、加担したメディアにもかかってきます。モラルが求められています。
→ この種の問題では、ご家族のご意向を確認し、尊重して行動するのは、基本でしょう。「身代金ありきで行動」したかのように、常岡被告は決めつけています。全く卑怯な人物です。だから証人尋問で裁判で決着、だったのです。このようなデマ、決めつけ、によって他人を傷つけたからこそ、謝罪に追い込まれたのですよ。「謝罪して慰謝料を支払う」と表明したから「和解」したのですよ。まだこの手のでモアを繰り返すのなら、そうですね、公開討論会でもしましょうか?ちゃんと公の場に出てきて、同じことを言えますか?

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。常岡被告は私の公開質問状にも答えず、ツイッターやラジオ、週刊誌などで、事実に基づかない悪意ある主張を繰り返してきました。「和解」して謝罪していますが、口先だけのもの だったようです。私は安田さんの生命、1日も早い身柄解放を求めて現地取材をしてきましたが、それを「身代金交渉」と主張するとんでもない名誉毀損行為なのです。この裁判を始めてから、常岡被告のツイートがようやく止まりました。逆に言えば、裁判しなかったら、ずっとデマツイートを繰り返していたでしょう。常岡氏には再度猛省を求めたいと思います。

今年1月、世界の貧困撲滅に取り組むNGO「オックスファム」が、衝撃的な数字を発表した。わずか8名の億万長者と世界の貧困層の下から数えて半分、約36億人の資産が同じだというのだ。わずか8名の中にはビルゲイツやウォーレンバフェットなど、日本でもよく知られた名前が入っている。なぜここまで格差が広がってしまったか?いろんな理由が挙げられるが、その中の一つにパラダイス文書で明らかになった、「大金持ちだけの卑怯な税金逃れ」があるだろう。
パナマ、ケイマン諸島、バミューダ諸島、デラウエア州など、タックスヘイブン(租税回避地)にペーパーカンパニーを作って、そこに資産を移すことで税逃れをする手口である。
このパラダイス文書は、バミューダ諸島に拠点を置くアップルビー社の顧客情報が何者かにハッキングされて流出、それが南ドイツ新聞社を経由してICIJ(国際調査ジャーナリスト連合)に渡り、世界のメディア各社が共有して発表されたものだ。2016年5月には同様の経過でパナマ文書が発表され世界に衝撃を与えた。このパナマ文書を調査し実態を暴いた記者の一人、ダフネ・カルアナガリチアさんが、マルタで今年10月に何者かによって自動車ごと爆殺されている。この種の文書は「闇が深く」、調査報道に関わるジャーナリストは命がけで事実を暴いてくれている。
パラダイス文書にはエリザベス女王や鳩山元首相の名前などが出てきたが、最も追求すべきなのはアメリカのロス商務長官だろう。ロス氏はトランプ政権の中枢にいながら、彼の所有する海運会社ナビゲーターとロシアの石油化学企業のシブールがつながっていて、巨額の利益を隠して租税回避していた。そしてこの石油会社シブールは、あのプーチン大統領の娘婿シャマロフ氏が役員を務めているというのだ。
2014年2月のウクライナ危機の時に、ロシアのプーチン大統領は武力でクリミア半島を奪い取った。その後、国際社会はロシアに経済制裁を課していた。いわば各国に対して「ロシアとの取引は控えましょう」と訴えるべき商務長官が、まさにそのロシアとの取引で巨利を得ていたのだ。トランプ大統領自身のロシア疑惑と合わせれば、政権が飛ぶくらいの衝撃になるはず。しかしその後、このパラダイス文書はあまり報道されず、疑惑は尻すぼみだ。どこか日本の「モリカケ疑惑」と同じニオイがする。
パラダイス文書ではアップルやナイキという米国を代表する企業の名前も出てきた。大資産家、大企業は大手マスコミのスポンサーである。先日はあの加計学園の広告が読売新聞に掲載された。パナマ文書にはユニクロやセコムの名前も出ていた。テレビには今もアップルやユニクロのCMが氾濫している。このCMがなくなればテレビ業界はますます苦境に陥るだろう。肝心のメディアが追求しなければ世間は忘れる。アッキーや加計理事長を証人喚問せよ、数ヶ月前までの大きな世論が、いつの間にか消えて無くなったようになって、今やテレビは横綱日馬富士がビール瓶で殴ったか殴らなかったか、がトップニュースである。
そしてスキャンダルから守られて、小選挙区制度による「虚構の数字」で圧勝したかのように報道されている安倍首相が、やはり疑惑の人物トランプ大統領とゴルフをする。
仲睦まじく語り合っている姿だけが報道されて、その陰で米国製の馬鹿高い兵器を言い値で買わされていく。兵器が売れれば、米国の軍産複合体やそれに付随する日本の大企業は、トランプ&安倍スキャンダルを追いかけない「羊のようなテレビ」を優遇するだろう。
日本で儲けたお金を、大富豪、大企業たちはケイマン諸島などに移転させる。その金額は2011年で約55兆円、13年では63兆円に膨らみ、昨年は約75兆円に上った、と報道されている。ちなみに63兆円で計算してみよう。日本の法人税率が約35%なので、これら63兆円が「逃げずに正々堂々と」日本で払っていれば、約22兆円になる。この22兆円というのはどんな数字か?
2014年の所得税は約14兆円強、消費税は8%に引き上げて約15兆円、そして法人税はわずか10兆円、その他合計しても約54兆円の歳入に過ぎない。
もし大富豪や大企業がパナマやバミューダなどに逃げないで、日本で払っていれば…。
消費税ゼロ%でも、今より豊かな福祉や教育が実現していた、ということだ。
これはこの社会の根幹に関わることである。税金というのは富の再分配、つまりみんながこの社会を公平に成立させ、より豊かにしていくためのシステムである。
この根幹が「卑怯な税逃れ」で崩れているのだ。だからパナマ文書、パラダイス文書で明らかになった真実を、もっと調査して、今後はこのような道義的社会的不正を許さないシステムに変えていかないとダメなのだ。「抜け穴を塞げ!」アメリカのサンダース氏が文書の開示を受けて、このように主張した。彼はアメリカの格差社会を批判し、1%対99%の戦いを挑んだ議員である。日本もアメリカ同様、貧困化が進み、例えば大学まで進学して有利子の奨学金を借り続けると、卒業時に数百万円の負債を抱えてしまう。その上で就職に失敗したら、奨学金破産に追い込まれる。そんな若者が増えていく一方で、マン島に自家用ジェット機やヨットのリースビジネス、と称して巨額の資産が脱税されていくのだ。これほど不公平な話はない。
トランプとステーキを食べた、帽子に名前を書いて交換した、娘は元トップモデルだった…。劣化した政治家と劣化したメディアが、この国をダメにしている。パナマ文書とパラダイス文書によって暴かれたスキャンダルは、決して忘れてはならない。

元外務省の天木直人さんが指摘されているが、今回のトランプ訪日は「異常で、日本の主権を蹂躙するような」形で始まったということである。羽田ではなく横田基地にやって来たということは、日本の玄関は在日米軍基地だった、ということ。他の国のトップは羽田か成田からやってくる。つまり、日米安保と地位協定が上にあり、日本はアメリカの属国であるという意思表示になる。
以下天木氏のコメント。
「私が言いたかった事は、日米安保条約と、その具体的取り決めである日米地位協定が治外法権的な不平等条約である事は、日本の外務省も米国の国務省も知っている。だからこそ、これまでの現職米国大統領の来日に際しては、日米外交当局はことさら配慮して、横田基地ではなく羽田空港に降り立つことに気を使って来た。ところが、トランプと安倍首相の間には、その配慮がなかったということだ。
日本占領を当たり前のように考えている米国軍幹部とそれに従うトランプが、日本の国民感情を逆なでする誤りをおかそうとしたのに対して、トランプの機嫌を損ねたくなかった安倍首相が、その誤りを容認し、日本の主権侵害を公然と認める愚を犯した結果、はじめて現職米大統領が横田基地に降り立ち、そのままゴルフ場に直行するという前代未聞の事が起きたのだ。 その一部始終をNHKは何の問題意識もなく、公共放送で流し続けたのだ。これは、トランプ・安倍の、いわば、日米同盟という名の日米属国関係を世界にさらすオウンゴールであった。それにもかかわらず、野党はこの敵失を見逃した。 一切そのことを追及しようとしなかった。これでは国民は気づかないはずだ。 おりからきょうの新聞で、米国とトルコがビザ発給を再開するというニュースが流されていた。米国とトルコは、昨年トルコで起きたクーデター未遂事件の捜査で、トルコ政府が米総領事館の職員を逮捕した事がきっかけで、ビザ発給をお互いに停止していたのだ。」

以上が天木氏のコメント(一部)である。

補足したいのは、昨年のトルコクーデターの詳細について。昨年8月、クーデター直後に私はトルコの首都アンカラに入った。アンカラの国会議事堂はF15戦闘機によって空爆され、トルコのエルドアン首相が宿泊するホテルは、やはり戦闘機から空爆を受けていた。エルドアンは避暑地のホテルから命からがら逃げ出して暗殺は免れていたが、あと15分脱出が遅れたら、殺されていただろう。このクーデターの首謀者はギュレン師というイスラム指導者で、ギュレン師は米国に亡命しているのだ。ギュレンのクーデターの背後には米国がいると考えられている。細かい状況説明は私の昨年のツイッターを参照して欲しいのだが、米国とトルコは一触即発の状態。しかしトルコは堂々と米国と渡り合っている。私はエルドアンを絶賛するわけではない。むしろクーデター後、エルドアンは反対者を弾圧し、まったく窮屈な国にしているのがエルドアンだ。私は昨年11月になぜかイスタンブールで強制送還され、独裁化するエルドアンには煮え湯を飲まされた経験を持つ。しかし、独裁化するエルドアンでさえも、対等に米国と渡り合おうとしている。いい意味でも悪い意味でもエルドアンは「一本筋が通っている」と言える。アベはどうか?ふにゃふにゃである。本物の右翼なら「横田基地を使うな!」というだろう。ゴルフをしてバンカーで転んでいる(笑)場合ではないのだ。「戦後レジームからの脱却」ならば、対米従属はダメ。でもアベこそが「対米従属の権化」である。この国はねじれている。選挙でもねじれた。世論調査は「安倍政権の継続を望まない」。なのに結果は「自公の圧勝」。よく「こんな国民にこんな首相」と言われる。トランプとゴルフをして、バンカーですってんころりと転がりながら愛想笑いをする首相。ジャイアン(米国)に媚びへつらうスネ夫(アベ)。日本はここまで劣化したのだ。トルコのエルドアンは民主主義を理解しないが「米国に抵抗する」独裁者。アベ首相は民主主義を理解しないで、なおかつ「米国に従属する独裁者」である。最悪だ。

以下は、9月末の京都新聞のコラムに書いたもの。小池に騙されるな、と言いたかった。小池には騙されなかったものの、大雨の中、わざわざ選挙に行かなかった(行けなかった人も多数いただろう)人が多数だったので、自公の組織に負けてしまった。投票率が60%を超えてくれば、劇的変化が起こったはず。国民投票では絶対に騙されないようにしよう。


今夏、ドイツの首都ベルリンを訪問した。ベルリンの下町「シュタウフェンベルク通り」にナチス時代の国防省がある。第二次大戦後、この建物はそのまま「ドイツ抵抗記念館」になった。玄関ロビーに1944年7月20日という数字と、将校たちの白黒写真。一番左のイケメン青年が、地区の名称にもなったシュタウフェンベルク大佐で、「ヒトラー暗殺計画」の実行者である。彼は貴族の出身で、北アフリカ・チュニジアでの戦闘で左目と右腕を失った。そのためボディーチェックがゆるく、計画遂行に適役だったとされる。この「7月20日作戦」はコードネーム「ワルキューレ」と呼ばれていて、トム・クルーズ主演の映画にもなっている。ヒトラー別荘での御前会議、作戦時間はわずか10分。大佐が会議室にアタッシュケースを置く。中には数分後に爆発する爆弾。大急ぎで会議室から抜け出す大佐。やがて大爆発…。暗殺計画は成功したかに思えたが、ヒトラーはすんでのところで救出されていた。「神がかり的に助かった」ことで、ヒトラーは自分を万能の神と信じるようになり、さらに暴走を強めていく…。
「抵抗記念館」の中へ。ナチスを支持する住民集会の写真がある。みんな右手を上げてハイルヒトラーと宣言している中で、一人だけ腕組みをする男性がいる。勇気ある抗議をした男性は、この後ナチスによって戦争の最前線に送り込まれ、戦死したそうだ。日本でも昨今、卒業式で君が代斉唱に起立しなかった先生が処分されている。なんとなく似てきているのか?
小学校の授業風景。子どもたちが右手を上げてヒトラーに忠誠を誓っている。思わず森友学園で「安倍首相ガンバレ」と宣誓させられていた園児たちを思い出す。ナチスによる焚書の写真もあった。新聞やナチス批判本は人々の目の前で焼かれていった。政治犯を銃殺している写真もあった。ドイツ共産党に始まり社民党、新聞記者、学生…。そして最後が教会だった。ハイルヒトラーと右手をあげる牧師さんたちの写真を見て、「ここまで来れば誰も反対できひんな」。シーンと静まった廊下で思わずつぶやく。
ベルリンの市街地を歩いていると「つまずきの石」に出会う。銅製のプレートが道路に埋め込まれているのだ。プレートに刻まれているのはここに住み、殺害されたユダヤ人の名前。通りを歩いていてこの石につまずいた人は「あぁ、この家の人がナチスに殺害されてしまったんだな」とホロコーストを思い出す。ドイツにとっては「負の歴史」であるが、その加害の歴史も含めて、風化させないようにプレートが埋め込まれているのだ。同時に、「社会が二度とつまずかないように」というメッセージも込められているのだろう。
ひるがえってわが日本はどうか?先日の「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式」に、小池百合子都知事は毎年送っていた都知事名の追悼文を送らなかった。本来は追悼文だけでなく、朝鮮人たちが虐殺された場所に「つまずきの石」を置かなければならないのではないか。このような都知事が看板になって、新党ができるという。日本とドイツ、この違いは何なのだろうか?

イラク北部、クルド自治州の独立への機運が高まり、本日(9月24日)に独立の是非を問う住民投票が行われるようである。おそらく「独立賛成」が圧倒的多数になり、クルド自治政府はイラク中央政府からの独立を本格的に求めていくことになるだろう。
私は2003年に初めてイラク北部のアルビルという町に入ったことがあり、その後14年間にわたって、クルド地区の取材を続けてきた。その個人的な経験から、今回の「独立劇」を分析してみたい。
一番に焦点となるのは、「油田都市キルクーク」をどちらが支配するのか?ということだ。キルクークの帰属問題はサダム=フセイン時代からの揉め事であった。キルクークはもともとクルド人が多数住んでおり、クルドから見れば「我が領土」である。クルドからこのような要望が出てくることをあらかじめ予想していたフセインは、「キルクークのアラブ化計画」を行った。すなわち、南部のシーア派アラブ人をキルクークに移住させて、「アラブ人をマジョリティー(多数派)」にすることで、「キルクークはアラブ(イラク中央)」という主張を成立させていた。背景には、キルクーク油田を支配していたイギリスの石油メジャー企業から、「油田の国有化」に成功したフセインが、多額の油田収入をイラクに還元した(大半は自分と家族のために使ったとも言えるが)ことで、このような乱暴な政策も支持されるという読みがあったのでは、と考えられる。
順風満帆に見えたフセインの統治が、一気に崩れるのが、イラン・イラク戦争である。
1980年フセインはシャットル・アラブ川の国境問題を理由に、イランに攻め込んでいく。イラク・フセインとイラン・ホメイニの壮絶な戦争は8年も続く。
国力はイランの方が上で、イラン優勢に傾いた時期もあったのだが、ここで米国がイラク・フセインを応援する。
なぜか?この当時の「一番の反米国家はイラン」だったからだ。イランのホメイニ革命は、中東のシーア派を勇気づけた。イラクもバーレーンもシーア派が多数派なのに、政治を仕切っていたのはスンニ派だった。サウジでもシーア派住民の蜂起があった。米国が恐れたのは「ホメイニ革命の波及」だった。米国の支援を受けたからこそ、フセインは大国イランと互角の戦いができた。戦争が長引いたおかげで、100万人単位で人々が殺されていった。軍事産業は儲かった。
泥沼のイラン・イラク戦争で二人の独裁者を悩ませたのが「クルド問題」だった。
イラン・イラクに住むクルド人が、戦争の混乱に乗じて「独立!」を求めたのだ。ホメイニはイラク側のクルド人に武器を与えて、「イラク中央を攻撃しろ」とけしかけた。フセインは逆にイラン側のクルド人に武器を与えて、「ホメイニを倒せ」と鼓舞する。バグダッドの中央政府で指揮をとるフセインにすれば、イラク南部のシーア派地域でイランに攻め込まれ、北部のクルド人地域でも蜂起したクルド軍(ペシュメルガ)が南下して自分を倒すかもしれない。あせったフセインは…。
クルド人(自分の支配下の国民だ!)に毒ガス兵器を使用し、大量虐殺していくのである。有名なのが1988年3月ハラブジャの悲劇。独裁者フセインは何十万人ものクルド人を、大量破壊兵器(毒ガス)で殺害し、蜂起を鎮圧したのだ。
この時米国は「大量破壊兵器を使ったにもかかわらず」、フセインを罪に問わなかった。その15年後2003年に、米国は「大量破壊兵器がないのに」、フセインを殺しにいった。
イラン・イラク戦争は実質上の「引き分け」で終わった。周辺国から大量の戦費を借りていたフセインは、原油輸出で負債を返そうとした。その時なぜか隣国ククェートが「原油の叩き売り」を始めて価格を暴落させ、フセインを困らせていく。そして…。
1990年8月、イラクがクェートに侵攻。フセインは一躍「世界の鼻つまみ者」つまり大悪役になり、やがて湾岸戦争につながる。ここでも軍事産業は儲かった。
2006年、故郷ティクリートの穴倉でフセインは米軍に捕まって、裁判にかけられる。そして十分な審理もないまま、「南部のシーア派を虐殺した罪」で死刑に処された。この時、実はクルド人たちから「裁判を継続せよ」という声が噴出していた。「ハラブジャはじめ、クルド人大虐殺問題」を審理せず、この点では罪に問うていなかったからだ。
なぜだろうか? クルド問題に関してフセインが「本当のこと」を裁判で語れば、米国の都合が悪くなるからだ。罪の規模が違うが、あの籠池夫妻が補助金不正受給で逮捕され、アッキーとの本当の関係を語ることができないように、留置されているのと同じだ。
つまりイラク中央政府もクルド自治政府も、本音では「一番罪深いのは米国」と思っているだろう。そんな状況の中で独立を問う住民投票が行われる。
これは非常に危険だ。下手をすればまた戦争になる。両者はどこかで妥協せねばならない。
私案だが、キルクークを含めるクルド自治州を「準国家」に格上げし、イラクを連邦制にする。つまり「イラク・クルド連邦共和国」として、一国二制度を公式に認めるのだ。(今までも非公式だが、実態は一国二制度だった)
肝心なのは油田の取り分。イラク戦争後、米国はイラクをわざと無政府状態にした。その上で石油法を定めて、欧米石油メジャー75、イラク25の分配とした(ナオミ・クラインのショックドクトリンによる)。これを通常の石油法に変えることだ。中東ではどんな弱小国も51%以上は自国の取り分。2016年12月にクルド地域を取材した時のことだ。昨今の原油安でクルドの公務員の給料が半年ほど遅配になっていた。キルクーク油田からの石油収入はいったん、イラク中央政府が吸い上げてからクルド自治州に交付するシステム。これを改めて「イラク中央とクルド自治州で折半」くらいにしないと独立運動は収まらないだろう。そのためにも欧米企業が75もとっていく制度を改めねばならない。
中東問題は複雑でわかりにくい、とよく言われる。私は「わざとわかりにくいようにしている」と見る。そこに石油があり、武器が売れる。だから「誰にも勝たせずに戦争を長引かせ、石油と武器で儲ける」ことが米国の大原則だからだ。

12月24日早朝、モスルを目指しスレイマニア市を出発。クリスマスイブなので日本ではツリーなんかが飾られていると思うが、この街にはほとんどキリスト教徒がいないので、「普通の土曜日」である。
12月のクルドは結構寒い。そしてあいにくの雨。難民キャンプのテントが雨漏りしていなければいいが。
車をぶっ飛ばす事1時間、キルクークに到着。「右へ行けば、アルビル、左はモスル」の看板を、左へ。さらに走ること30分。
「おー燃えてる燃えてる」。地面から猛烈な炎が噴き出して空を焦がしている。油田だ。「北クルド石油カンパニー」という看板。そして周囲は高いコンクリートの壁に囲まれる。クルド兵士が道路に立ち、チャックポイントが増える。そしてパイプラインがはるかトルコまで伸びている。
兵士たちは「住民ではなく油田」を守っている。
油田を通り過ぎて、どんどん西へと進む。昨年の11月、キルクークを訪問した時はこのあたりが前線だった。あれから1年。特に今年10月末から開始された「モスル奪還作戦」で、イラク軍とペシュメルガ(クルド軍のこと)が攻勢に出て一気に陣地を西へと広げた。もちろんその勝利の背後に、米英仏露の猛烈な空爆があった。
ISは敗走して西のシリア方面へ逃げていくが、その時に住民をさらっていき、その住民を「人間の盾」に使っている。なんとかISから逃げだせた人は新避難民となって、クルド側に押し寄せている。
午前10時、ドバスという街に到着。「1ヶ月前にIS兵士が突然、この街を襲ってきた。しかしペシュメルガは勇敢に戦い、ISを追い返した」。通訳ファラドーンが説明してくれる。一方的にクルドが勝ってるわけではない。IS側も警備が手薄な街を集中的に攻撃して、奪い返そうとしているようだ。(現実に、シリアのパルミラはISが奪い返している)
ドバスからさらに30分ほど西へ走る。巨大なキャンプが見えてくる。ディバガ避難民キャンプだ。ここはネットに地図があった。http://reliefweb.int/sites/reliefweb.int/files/resources/20160715%20Iraq%20Flash%20Update.pdf
前線に行く前に、ぜひキャンプの中を取材してみたい。責任者と交渉。このディバガには3つのキャンプがあって、主にモスルとその近郊から逃げてきている。最初はわずか100名程度の小さなキャンプだったが、1年間で2万人になった。今は、ISからの解放で故郷に戻っていく人、新たな攻撃で村が破壊され、ここに逃げてくる人の差し引きで、2万人という数字はキープされている。
広大なキャンプなので、車でざっと周回する。一箇所、車を降りて男性にインタビュー。私のビデオカメラに子どもたちが寄ってくる。この子たちに、兵庫県丹波市の和田中学校から預かっていた草木染めのハンカチを配る。日本の中学生たちが英語で「Peace」と染めてくれたハンカチは奪い合いになった。
キャンプを後にさらに30分ほど西へ。
大きめの工場が破壊されている。2014年6月、モスルを陥落させたISは、クルドの首都アルビルに進出してきた。ここはマハムールという町。この町を陥落させたISは、アルビルを奪いかねない勢いだった。アメリカ2014年8月に空爆を開始。最初の一撃はこの町に着弾した。オバマ大統領は、イラク人、特にヤジディー教徒たちがISに大虐殺されてもすぐには動かなかったが、油田に近いこの街が襲われたら、すぐに空爆で対応したのだ。
マハムール基地へ。この基地は正面の門に向かって左側がイラク軍、右側がペシュメルガ。かつての敵同士が、同じ基地から出撃してIS掃討作戦を行っている。そして両基地の奥には米軍基地がある。
なぜ米軍がいるのか?
それは戦闘指導、作戦立案のためだ。イラク軍とペシュメルガが装甲車に乗って前線に出発する。どちらの装甲車、戦車も米軍の払い下げだ。ちなみにISもモスルを陥落させた時にイラク軍から奪った戦車で戦っている。何のことはない、イラク軍、クルド軍、ISの3者は、すべて「かつては米軍の武器」で戦っているのだ。
ペシュメルガの装甲車の中に入らせてもらう。運転席の窓ガラスに大きな弾痕。
「カンナース(機関銃)」と兵士が説明。IS兵士に狙撃されたのだが、防弾ガラスが強力なので、装甲車は無事だった。IS狙撃兵の腕がいいのか、見事にガラスの中心、つまりブチ抜けば運転手に当たったことになる。
あちらの装甲車も同じ場所に大きな銃痕。結構撃たれてるやないの、ペシュメルガ。
基地からは護衛がつく。護衛の車に守られながら、いよいよ前線へ。
「えっ、何これ?町が全部…」
前線の町ルワラは文字通りのゴーストタウンだった。すべての家が破壊され、誰もいない。ISが奪ったり、ペシュメルガが取り返したり、この町は3度にわたって「所有者」が変わった。両者からの砲撃でほとんどすべての家が破壊された。命からがら逃げ出した住民は、あのディバガ避難民キャンプにいる。そして逃げだせなかった人々は、ISが連れ去っていった。だから町に誰もいないのだ。
無人の町を行く。家が途切れ、視界が広がったところに基地があった。ここだけ人が住んでいる。基地に入る。
「ここは非常に危険だ。IS支配地域は2キロ先。いつ兵士が襲ってくるかわからない」。ファラドーンは早く取材を切り上げろ、と急かす。確かにゆっくり取材するわけにはいかないようだ。ここには時折ロケット弾もとんんでくる。
カリーム司令官にインタビュー。一週間前も兵士が10人死亡し、数十人重傷者が出た。IS兵士を捕まえても自爆するので、その巻き添えでペシュメルガ兵士も殺され、傷つく。戦闘は主に夜間に行われるので、兵士の多くは寝ているようだ。
基地の監視カメラの映像を見せてもらう。わずか2キロ先のIS側がアップになる。カラーでくっきりとした映像、今の技術は大したものだ。
基地を後に、急いでマハムールへと戻る。道中、誰もいなくなった大通りに4台の大型バス。ISから逃げてきた人々だった。夜間にIS兵士の目を盗み、徒歩で10時間歩いてここまできた。バスはクルド政府がチャーターしたもの。このバスに乗って、あのディバガキャンプまで移送される。
乗っていた男性はすべて長いあごひげを生やしている。IS地域では男性は髭を生やさねば、処刑か拷問。女性も民族衣装で顔を隠さずに外出すれば、処刑か拷問だ。靴下なしの子どもも大勢いる。せわしなくポテトチップスを食べる幼児がいる。お腹が減っているのだ。寒い山道を、よく10時間も耐えてきたと思う。
マハムール基地まで戻れば大丈夫。ここまではロケット弾も届かない。
ということで私は無事にスレイマニアまで戻ってきた。平和なスレイマニア、5つ星ホテルがあって、ショッピングモールまである、この町から車で4時間も行けば、そこはISとの最前線である。逃げてきた人々にも普通の生活があった。イラクがここまで混乱したのは、2003年の無謀な戦争からである。ブッシュ大統領が無謀な戦争をしなかったら、ISは生まれていない。「製造者責任」があるアメリカは、空爆を続けて、さらに人々の生活を破壊している。
さてオバマを経て、トランプになった。この戦争はいつまで続くのだろう。

2016年12月20日、関空からのドバイ便。ギリギリに乗り込んだ私の隣に座っていたのは、小柄なおばあさん。私は一人で飛行機に乗るので、隣に座る人も一人旅の人が多い。バックパッカーのお兄さんや出稼ぎに行くイラン人など「濃いめ」の人が多いのだが、今回は全く普通の、いやむしろ海外旅行などしたことなさそうなおばあさん。一人で寂しそうに座っていたのだ。
「どこまで行かれるのですか?」「サンパウロです」。
おばあさんは50年前にブラジルに移住したのだった。
「当時は大変だったのですね。ブラジルへ行けば仕事があると…」「何も食べるものがなかったからね」
おばあさんは沖縄の人だった。8歳の時に終戦、沖縄戦ではガマの中で過ごした。米軍に「保護」されて捕虜収容所で暮らしたが、一番しんどかったのは「食べるものがないこと」だった。
「ブラジル、ドミニカ、ボリビアなどへ行けば食べるものがあるよ」。当時の琉球政府は、南米への移住を奨励していた。移住先がサンパウロになったのはラッキーだった。ボリビアやドミニカの田舎に行った人は荒れ地をあてがわれて、筆舌に尽くしがたい苦労をした後、おばあさんらが移住したサンパウロの村に逃げてきた。そんなウチナーンチュの移住者達とブラジルで生活すること50年。どうしても、死ぬまでに故郷沖縄を見てみたい。
おばあさんは一人で、サンパウロからドバイ、そしてドバイから日本にやってきて、2ヶ月間、故郷沖縄ですごした。そして本日、ドバイまでの便に乗り込んでいたのだった。
「沖縄は変わったわー。いっぱい建物が建ってる」。おばあさんは沖縄の発展ぶりに驚いた。でも変わっていないものもあった。
「オスプレイが落ちたね。知事さんも苦労するわね」。
島民の4人に1人が殺されたと言われる沖縄戦。そして捕虜として収容され、米軍の占領が続いたのち、貧困のために南米への移住を選択。
「戦争がなかったら、普通の人生だったと思います」。ドバイ到着後にポツリと一言。おばあさんは今、ドバイでサンパウロ行きの飛行機を待っている。

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