アンマンに到着

11月20日午前11時(現地時間)、ようやくアンマンに到着。空港でハリルと再会。ほとんど寝ていないが、いきなり「植物油工場」を視察。ここでは「ひまわりの種の油」を作っていて、製品はイラクへ輸出される。1990年代、経済制裁で多くのイラク人が死んでいったので、せめて食料だけは輸入できるようにと、国連で「石油と食料の交換決議」が通り、以後、この工場から油が輸出されている。
ハッサン副工場長の話によると、イラクでは「食糧配給カード」がもう6ヶ月も発行されておらず、貧しい人々は食料が手に入りにくい状態にある、とのこと。フセイン政権のときは、曲がりなりにも飢えてはいなかったのだが、新政権になって、どういうわけか人々の命綱である「配給カード」が途絶えだしたのだ。
もちろんヨルダン〜バグダッドの一本道をトラックに積んで運ぶのだが、途中「強盗たちに襲われる危険」が一杯である。ハリルは何度か、そのトラックと一緒にイラク入りをしている。「俺はニンジャだよ。危険をこの鼻でかぎわけるのさ」とハリル。中東では、ニンジャ、サムライ、ゲイシャガールなどはそのまま通じる。
今回の人道支援は、食料と毛布にしよう。家を失った人にとっては、この冬をいかに過ごすか、が火急の課題だ。
ハリル家に到着。奥さんの手料理と熱いシャワーに癒される。ビールを買ってきてもらい、ハリルと乾杯。イスラム圏だが、家の中で酒を飲む人は多い。さすがに外のレストランでおおっぴらには飲めないが、こうして「隠れて」飲むのはオーケーという人が多い。祈りの時間を告げるアザーンが響く。今日はぐっすり寝て、明日から取材だ。

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このページは、nishitaniが2005年11月21日 12:43に書いたブログ記事です。

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