アンマンへ避難してきたイラク人は語る

昨日(11月21日)はもう一つ重要な仕事があった。それはイラクからアンマンへ逃げてきた人へのインタビューだ。イラク南部のシーア派の街、ナジャフ出身のムハンマドさんにインタビュー。彼に「今からイラクに行くかもしれない」といったら、ビックリしていた。危険だといったが、幸運を祈ってくれた。バスラ〜サマワの道が危険だという。主にサマワの自衛隊について尋ね、彼は以下のように答えた。

概してイラク人は日本人が大好きだ。自衛隊も人道支援をしている限りはグッドである。しかしさまざまな問題が出てきている。例えば、自衛隊はジェネレーターを購入してくれた。これはユーフラテス川からの水をくみ上げて、浄水を作るために必要だ。しかしそのジェネレーターはわずか8時間動いただけでストップしている。サマワ政府が、ジェネレーターを動かすためのガソリンを供給しないからだ。政府関係者は汚職にまみれ、人々の生活を改善しようとはしない。彼らサマワ政府の役人たちは、新政権になってからサマワ以外の地域から送り込まれた「よそ者」で、サマワの人々からは信頼されていない。自衛隊はそのサマワ政府の役人としかコンタクトを取らないため、サマワの普通の人々の要望が反映されているわけではない。
加えて、一般のイラク人には受け入れがたい事態が進行している。それは急速な「イスラム化」である。私はシーア派であるが、宗教的な人物ではない。因みに私には4人の姉妹がいるが、2人はスンナ派と結婚し、2人はシーア派と結婚している。フセインの時代(戦前)は、誰もそのことを気にする人はいなかった。
例えば、私は大学に6年通って技術者になったが、学生時代は誰がスンナかシーアかなんて気にしなかった。私たちは「イラク人」だった。戦後、ダーワ党やムクタダ・サドルのグループなどが宗教的に区別していく。クリスチャンでも、ユダヤ教徒でさえ、私たちは区別しなかった。老人が困っていたら、「老人だから」助けていたのだ。
ダーア党、サドルのグループなどは戦前、「アンチ・フセイン」で南部の人々から人気があった。しかし今は尊敬していない。もし来月の選挙でこれらの宗教政党が勝てば、イラク南部はイランに支配されてしまうだろう。イランやサウジのような宗教が支配する国にはしたくない。アメリカは「イラクを自由にする」と言った。しかし結果としてイラクにできた政権が宗教的なものになれば、自由はなくなる。アメリカは「自由」といいながら結局、フセイン時代より不自由な国に作り変えようとしているのだ。

ムハンマドさんは以上のように答えた。
イラクでは治安の回復が一番の問題である。と、同時に「政教分離」の国であり続けなければならない。日本でも小泉首相の靖国参拝が問題になったが、政治の場に宗教が介入してくるとろくなことはないのだ。イラクはかつて中東で一番「政教分離」されていた国だった。女性の社会進出も他国と比べて進んでいたし、教育水準も高かった。フセイン政権の負の部分が強調されがちだが、良かった点もあった。来月の選挙で、人々はどのように判断するだろうか?もちろんフセイン時代のような独裁国家ではダメだ。しかし「イスラム国家」も、窮屈で、多くの人々が望んでいないのも、また現実なのだ。

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このページは、nishitaniが2005年11月23日 12:45に書いたブログ記事です。

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