ベイルート2

24日から26日まではレバノンのベイルートで過ごした。ベイルートではどういうわけかネット環境が悪く、ブログにアップしようとして1時間ほどかけて書いた原稿が、一瞬にして消えてしまった(泣)。で、アンマンに帰ってからこの日記を書いている。
ベイルートは美しい街だ。地中海に面していて、高くそびえる山々には雪が積もっている。海に面しているので、魚料理が食べられるし(中東では珍しい)、ワインもGOOD!レバノンにはキリスト教徒が多く住んでいるので、レストランで酒が飲める。願ってもない国ではないか。天木さん(元レバノン大使)はいいところに住んでいたんだなぁと実感。
そんな美しいベイルートであるが、その歴史は血に染まっている。
内戦を繰り返してきたので、あちこちのビルには弾痕が残っているし、空爆によるものなのか、爆弾テロなのか、半壊したビルも珍しくない。
ハリリが暗殺された場所へ。この場所は、いわば「レバノン人の追悼場所」のようになっていて、写真を撮りながら祈りをささげる人が訪れる。ハリリ暗殺には諸説ある。シリア政府の犯行だ、いやイスラエルだ、アルカイダかも…と、日本でもそれぞれ自説を展開する人がいるが、現場を見て感じたのは、「これは大規模な計画で、政府レベルの機関による犯行に間違いないだろう」ということ。
ハリリが立ち寄るはずのホテルが丸ごと吹っ飛び、近隣のビルや商店も被害を受けている。
狙った獲物は絶対に殺す、という、明らかに「プロ中のプロ」の仕業。
個人的には、やはり「シリア政府ではないか」と感じる。ブッシュに「悪の枢軸」と名指しされ、国連からは「レバノンからの撤退」を迫られ、ハリリがその圧力をバックにシリアの撤退を迫っていた時期である。シリアのアサド大統領自身が、「言うことを聞かねばハリリを殺す」と宣言していた。シリアは独裁国家なので、アサド大統領を止める人物がいなかったのだろうと感じる。ちょうど今の北朝鮮のように。
北朝鮮との類似点に、「拉致問題」がある。
何しろシリアによると思われる拉致被害者は、少なくとも数百人。イスラエルもレバノン人を拉致していると考えられており、単純化していうと、「キリスト教徒はシリアに」「ムスリムはイスラエル」に拉致されている疑いが強い。この国での内戦はキリスト教徒対ムスリム、いわばイスラエルとシリア(アラブ)の代理戦争の様相を呈していたようで、互いが「調査のため」にそれぞれの兵士を引っ張っていったのだと考えられている。
拉致問題は、私たち日本人にとっても身近な問題である。国連の前でテントを張って息子や娘たちの生還を願う人たちを取材した。その姿は横田夫妻や有本夫妻とダブって見えた。
おそらく、アメリカの次のターゲットはシリアであろう。イランを転覆させるには強大すぎる。シリアはいわゆる「独裁社会主義国家」で、ここを「民主化」すれば巨大なマーケットが、またアメリカの手に落ちる。もちろん、シリアをつぶすことでイスラエルを防衛することになる。
1982年に現イスラエル首相、シャロンによって2000人以上が殺されたパレスティナ難民キャンプを訪れた。入り組んだ路地に建物がひしめきあって建っており、下水や道路が整備されておらず、そこだけが「発展途上国」のようだった。中東諸国の歴史をたどると、結局はパレスティナ問題に行き着く。イギリスとアメリカによる(意図的な?)ボタンの掛け違え、が21世紀になった今も、民衆を苦しめている。

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このページは、nishitaniが2005年11月27日 12:47に書いたブログ記事です。

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