ほっとカンサイを終えて「ほっと」する

昨夕、関西テレビ「ほっとカンサイ」に生出演させてもらった。8分ほどのコーナーだったが緊張した。「バグダッド空港で寸止めされた」ことは絶対に伝えたかったので、「政府は本当のサマワを見られるのがいやだったのでしょう」と言っておいたが、さて視聴者の皆さんに、この政府の姿勢がどれほど伝わっただろうか?
実際、私の帰りの飛行機には額賀防衛庁長官が同乗していた。私はエコノミーで彼はおそらくファーストクラスだっただろうから、機内で会うことはなかったが、空港で報道陣に囲まれていた。彼は5時間ほどサマワに入って「安全だ」「自衛隊は現地の人に求められている」と語ったが、私がもし入国していたら、3日間は滞在し、現地の人々、少なくとも20〜30人くらいにはインタビューを撮ってくるのにな、と感じた。
バグダッド空港で寸止め、については別の機会に詳細を暴露する。で、本日のテーマはテレビ局の現場である。
結論から言うと、現場スタッフは「まだまだ熱い」。権力者に対してチェックしていかねばダメだ、というジャーナリスティックな意識がある。だから私のようなものでも出演できるし、自衛隊延長問題について、コメントもさせてもらえた。特にニュース番組は作成者の視点が問題で、例えばイラク問題にしても、劣化ウラン弾という側面から捉えるのか、フセインの裁判を追いかけるのか、サマワの実態から斬っていくのか、(ただしこれは実際に入った人の映像がないと無理)、小泉首相はじめ政府関係者のインタビューを垂れ流すだけにするのか、で、「ニュースの質」が違ってくる。現場スタッフは、この「質」を追いかけるのであるが、実際には「視聴率」という「数字」で評価される。
「ネコが見てても1%」という言葉があるが、「数字」だけで計られる世界というのは、矛盾をはらんでいる。もっと「質」の面でも計られねばならない。つまり、視聴者からの「評価」「抗議」「激励」などである。
「1本の電話の後ろに100人がいる」と言われる。テレビや新聞で、例えば「沖縄の基地特集」や「あらためて731部隊について考える」など、何でもいい、「こんな番組、記事を待っていた」と思う報道があれば、励ましのメールや電話を入れてあげればいい。それが「質の向上」につながると思う。

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このページは、nishitaniが2005年12月 7日 12:14に書いたブログ記事です。

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