イサームからの報告 3月9日分

イサームから最新情報が届いた。アメリカ占領軍とイラク政府、さらにはイランの諜報部隊までがイラク国内に入り込んで、科学者や技術者を暗殺しているという。このような暴力がはびこる中で、住民たちに「落ち着け」というのは難しいだろう。暴力は報復を呼び、さらに暴力につながる。イラク国内の知識人たちや労働組合、女性団体、平和グループなどが連帯して「内戦回避」の動きを見せる時が来ている。以下、長文であるが、イサームのレポートを紹介する。

前回はイラクでの犯罪について書いた。今回はイラクの有識者(科学者、イスラム学者、医者、教師、パイロット)などの暗殺について書きたい。

2003年のイラク戦争前までは、誰もそのような危険にさらされることはなかった。しかし今や多くの有識者たちが毎日のように殺されるので、イラクは大変危険になった。有識者たちは自分自身を守る術を知らない。私たちは有識者たちがイラク政府に対して護衛を求めてデモをするのを見た。そして例えば、バグダッドより北へ400キロの、モスルでは、医師や科学者たちがモスル州政府に対して、護衛を求めてデモをした。
モスル州政府は15日間有識者たちを護衛した。それはモスルの一般市民にも及んだ。06年2月14日の市民的反乱以後のことである。

私はアリ・アルオバイディに会い、市民的な反抗についてたずねた。
この反抗は、治安回復のために良い方法だと思うか?

ドクターアリ
私たちは自分たち自身をどのようにして護衛するか分かりませんでした。毎日のように殺され、誘拐され、恐怖につつまれました。私はこの不服従闘争がモスル州政府に圧力をかけ、私たち有識者を守るように期待しています。
私はモスルで生まれました。90年代に科学者になり、モスルで何年もの間働いてきました。戦争前まではこんな事はなかった。戦争後、この問題は次第に大きくなり、2人の同僚は殺されました。私もいつ殺されるか分かりません。多くの科学者が他国へ逃げました。いつか、イラクで科学者を見つけるのが難しくなる時が来るでしょう。

誰が犯人なのですか?

--(アリ。誰が犯人か正確にはわかりません。しかし犯人たちは一般のイラク人ではなく、他国で訓練をつんできた人物であり、車を持ち、新しい種類の銃を持っています。計画的に殺しています。イラクを内側から破壊するのが目的なのです。

2人目はイサーム・アルラワウィ。彼はムスリム学者協会のメンバーでイラク大学教職員協会のメンバー。彼は以下のように述べた
これは暴政だ。我々は人類史上最悪の暴政下にいる。もし誰かがこの事態が事実かどうか確かめたければ、毎時間のように殺人があって、各家庭から誘拐や逮捕が頻発するニュースを、すぐに追いかけることができる。そしてこれらの犯罪の全てが、アメリカ占領軍とひ弱な政府によるものだ。私は「サダム時代が良かった」と言っているのではない。彼もまた邪悪だ。しかしイラクの町での犯罪はなかったし、有識者に対する殺人なんて皆無だった。

犯人は誰か?

私は占領軍とイラン政府だと思う。なぜなら彼らはイラクを破壊したいと思っているからだ。イラク内務省はイランが犯罪をするように手助けしている。イラク政府はこの暗殺作戦を隠蔽している。しかし私たちにも戦略がある。

暗殺されたイラク人有識者は何人くらいか?

最近では2月13日にハイサム・アリアザーウィというバグダッドにあるイスラム大学の教師が殺された。彼は182人目の犠牲者だ。スンニ派の学者80人、シーア派130人
が昨年だけで誘拐されている。30人が殺され、2000人以上の学者がイラクを離れ他国に逃げている。占領後、米軍は156ものイラクの大学にある研究所を爆撃破壊し、今に至るも復元させた所はない。今も閉ざされたままなのだ。それだけではない。米軍はイラクの美しいもの、美しい公的なビルや交通信号さえも破壊している。彼らはイラク国内を混沌とさせたいのだ。

この犯罪を止めるために何ができるだろうか?
.
注意深く、そして激しく、犯罪を止めるように抗議デモをするのだ。市民的不服従で対抗する事だ。

ムスリム学者協会として、この犯罪防止に何ができるだろうか
.
我々は犯罪を止める十分な力がない。私たちは軍隊のような銃を持っていない。しかしイラク政府とアメリカ占領軍に圧力をかけることができる。

もっとも危険な犯罪とは何か?

もっとも危険な犯罪は多くの人々が一つの場所で殺される事だ。残忍で、色んな場所で起こっている。例えば
1−アル・マダーエン(バグダッドから東へ60キロ)の悲劇。アル・マダーエンからの15人の収容者が、バグダッド東のジャミーラという市場で、拷問を受けた死体で発見された。
2—アル・シューラの虐殺。12人が一度に殺された。
3−アルイスカンではイラク警察が21人を逮捕し、殺害した。
4−アルイスカン(2度目)で、22人が同じように殺された。

他に何か?

これら全ての犯罪に際して、イラク政府は止めようとしなかった。ただ唯一、アリア・アルサーエディが、彼女はイラク国会議員で、この犯罪を非難し、殺された方々のリストを作り、殺害日とその詳細をイラク国会議長、ハジムアルハサーニに提出した。しかし何人かの国会議員たちが、間接的な脅しをかけて、彼女を沈黙させようとした。しかし彼女は勇敢だった。イラク政府はしかしながら、この犯罪を止めようとはしていない。

3番目にインタビューしたのは、A・Rさん。
彼はイラク軍の将軍。
占領軍は軍事基地で働いていたイラク人か学者に焦点を絞った。多くの科学者を逮捕し、一部を暗殺した。イラク科学者はインターネットを通じて助けを求めた。アドレスはwww.drusselstribulnal.org/acaddemics.htmである。彼らは国連やこの犯罪に興味のある人々に助けを求めている。占領軍による逮捕や襲撃、誘拐や暗殺からの救済である。このアピールは占領軍が科学者の名前の載ったリストを持っていることを示している。多くの科学者たちが家のそばや職場からの帰り道で拉致され、あるいは通りに死体となって発見されたニュースを聞く。

イラク人パイロットの暗殺については?

パイロットについては、話せば長くなるが…。
イランイラク戦争中にイラク空軍のパイロットであった人々が、イラク政府高官によって、とりわけたくさん殺されている。多くのイラク人政治家、イランの諜報部隊がこの犯罪の主役である。イラン諜報部隊は、占領後イラクに入国してきた。なぜなら占領後、イラクとの国境が占領前にイランに住んでいたイラク人によって開かれていたからだ。一つの目的はイラク人パイロットに対する報復だ。パイロットたちは暗殺されていったが、最も重要な犯人の名前は:
:
1- 1— イサーム・サエド 彼はイランイラク戦争中、ヘリ部隊のチーフだった。
2− カドフム・アルムハンマディ。 彼はイランイラク戦争中、イラクへの飛行機による拉致の企てを挫折させた。この飛行機には多くの乗客がいた。彼は大変勇敢だった。
3− ムンター・アルバイヤーティ。彼はアルラシード病院の医師だった。3人とも全て、殺されたときは現役を引退していた。

イランから来たこれらのグループの一つが、パイロットの家を攻撃した。彼らはパイロットを逮捕し、どこかへ連れ去った。このパイロットは95年に引退していた。同じ事がイブラヒムアルサイルにも起こった。犯人たちは特別な訓練をしていて、彼らの目的はイラクから科学者・技術者を放逐する事だ。

最後のインタビューは、オマールアブドルラーマンだ。かれはハイゼン氏の親友で、ハイゼン氏は最近殺されたばかり。
ハイゼン氏は私の親友だった。私たちは15年来の付き合いだった。彼はイスラム学校の教師で35歳だった。結婚して2人の子どもがいて、ハビビーヤというバグダッドの南東の町に住んでいた。
.
いつ、どのように彼は殺されたのか?

2月の13日、大学での仕事を終え、家に帰ろうとしたところ、数人の武装者に止められ殺された。.

彼は何かうらみでも買っていたのか?
いや、彼は物静かな男で、みんな彼を尊敬し好きだった.
--
誰が彼を殺したのか?
ハイザン氏を殺した犯人は、他の科学者や意思を殺している犯人と同じグループだ。それは秘密に組織された戦争なのだ。イラクに対する戦争において多くの効果をあげている。有識者たちは同じように働いているが、違った目的で働いているからだ。
Freelance Cameraman
Isam R. Abdul - Rahman

以上がイサームのレポートである。危険を顧みず、市中でインタビューするイサームに感謝。「殺されるなよ」とエールを送りつつ、さらなるレポートを期待する。

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: イサームからの報告 3月9日分

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.nowiraq.com/mt/mt-tb.cgi/91

コメントする

このブログ記事について

このページは、nishitaniが2006年3月11日 11:41に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「岩国の住民投票」です。

次のブログ記事は「ホテルルワンダ」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.01