ハッサンからのメール

イラク南部の街、メソポタミア文明発祥の地であるヒッラ市に住むハッサンからメールが届いている。2月5日には大阪地方裁判所で、このメールと写真について、裁判所に書面で提出し、「イラク戦争はまだ終わっていないこと」「アメリカの空爆や気まぐれ発砲によって人々が傷ついている状況」について証言した。メールの一部を紹介したい。

西谷さん、たった今、私はあなたに送る写真を集めた。彼らはアメリカ軍の攻撃によって殺されたり傷ついたりした無実の人々である。
若者のワリードは目と足を失った。彼が友人と一緒にカルバラへ行こうとしたときに、アメリカの戦車からの「気まぐれ砲撃」で傷ついたのだ。アメリカの戦車は何の理由もなく、警告もなしに、撃ったのだ。ワリードは仕事も政府やその他の人々からの補償もない。彼は「僕はサッカーが好きだったが、もうサッカーはできない。足を失ったので仕事もできないんだ」と私に語った。わずか25歳で将来への夢はたたれてしまったのだ。
もう一人は、52歳の老病人、ムヒエ・ハディだ。彼は重症患者で、左足はひざの上から切断している。右足は頚骨を骨折していて、右の切断されたアキレス腱と、それにつながる足首の後ろの組織が失われている。彼は足を失い、家族を養うことはできなくなったし、人生を壊されてしまった。
これらの写真は、イラク人の破壊された家を写している。それらはアメリカの空爆によるものである。逃げることのできた人もいるが、死んでしまった人もいる。
親愛なる友人よ:この写真はアメリカの戦闘機から13ものロケット弾を撃ち込まれダメージを受けた家である。幸いなことに、家族は父親が作ったシェルターに隠れていたため、数人の子どもが傷つき、一人の若者がなくなった(だけですんだ)。彼の名前はアヨウブ・ミドビス・ジャワドで、高校の歴史教師であり、またもや襲ってきた襲撃のために父親も数日後になくなった。
この写真は、何の援助もない状態の彼の子どもたちである
親愛なる西谷さん、私があなたに告げたすべての犠牲者は私の小さな町の人々であり、亡くなった人もいます。例えば、ワリード・イサン・クディーア、アキール・アブドゥサダ・サイード・ハッサン
そして私は南イラクのボウカにあるアメリカ軍の刑務所で足を切り落とされた男の話を知っています。また1年以上も何の審判もなく、刑務所に収容された若者(ハタム・ジャームト)のような人々も知っています。ハッサン

このメールは1月末現在のイラクの様子を伝えているが、現在のイラクはさらにひどい状態のようである。2月22日にサマッラのモスクが爆破されて以来、各地でシーアとスンナの殺戮が繰り返されているようだ。「イラクは内戦状態」に入ってしまったのかもしれない。この「イラク内戦」については、明日詳しく考察したい。

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: ハッサンからのメール

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.nowiraq.com/mt/mt-tb.cgi/92

コメントする

このブログ記事について

このページは、nishitaniが2006年3月 6日 11:43に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「イサーラちゃん」です。

次のブログ記事は「内戦に導いているのはアメリカ!」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.01