元サマワ知事にインタビュー

7日の午後は、アンマンに滞在中のサーミ・マァジューンを訪問した。彼は元サマワ知事で、イラクの前労働大臣である。04年には来日し、小泉首相と会談したという。自衛隊を受け入れたサマワの責任者である。
サーミの家系はオスマントルコ時代、つまり第1次世界大戦の際、勇敢にもイギリス軍と戦った経験を持ち、サマワの人々から今でも尊敬を集めているとのことだ。
彼は最初に、「今のイラクには病院、学校、農業支援、道路整備…全ての分野で支援が必要とされていて、さらに戦闘状態の状況下では、確実に一歩ずつ前進する慎重さが必要だ」と述べた。
私が「何よりも今はけが人や病人を治療し、命を救うことが大事ではないか」と言うと、彼は「ぜひサマワに病院を作ってほしい」と答えた。「サマワはイラクでは一番安全な場所。バグダッドやバスラでは難しいことでも、サマワでなら可能だ。がんの子どもが急増しているので、1人、2人と支援するよりも、まず病院をイラク国内に作り、イラクで治療できる体制を整備することが急務」であり、「その場所はサマワが最適」だとのこと。
まず何ができるか、もしサマワに病院を作るなら、予算や医療スタッフなど、実現可能な計画書を作り、イラク人と日本人が共同会議を持って、安全に、確実に事業を進める必要がある。
さらには「イラクは、本当は豊かな国なんだ。石油がある。私たちは軍隊ではなくて日本の企業に来てほしい。私たちの石油と日本の技術で、政治的にも経済的にも豊かな国にできる。これから協力して国づくりを手伝ってほしい」と、大変貴重な意見をいただいた。
私は今、「イラクの子どもを救う会」を発展させて、「劣化ウラン弾などで被害を受けたイラクの子どもたちを支援するおおさか市民基金」の立ち上げに尽力しているが、今後の方向性が見えてきたようだ。モハマド君、イサーラちゃんだけを救出しても問題の解決にはならない。さらにはアンマンで「治ったように見えても」彼らが将来、またがんを再発しないとも限らない。そのたびに遠い外国へ旅立たねばならないようでは、真に解決したとはいえない。何としても自国で治療できる環境作りが必要だ。今回の旅がそのための一助になればいいなと願っている。

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このページは、nishitaniが2006年5月 8日 11:23に書いたブログ記事です。

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