病院はやはりがん患者であふれていた

11日はスレイマニアの病院を訪問した。ここスレイマニアはイラクの中でも比較的安全なので、多くの人々がこの街に逃げてきている。もちろんその中にはがんの患者も多く含まれていて、スレイマニアのがんセンターは多くの患者であふれている。
例えば8歳になるアラント君。彼はハラブジャの出身で、3ヶ月前に白血病と診断された。1988年に化学兵器を使われ、一瞬にして5000人もの人々が亡くなったハラブジャだが、その化学兵器は、今も多くの人々を殺し続けているのだ。「ハラブジャ近郊では農作物が汚染されています。だからがん患者が増えています」とは診察にあたった医師の言葉。
水俣病やベトナムの枯葉剤がそうであったように、被害は胎児や幼児に集中する。
この化学兵器被害の上に、劣化ウラン弾が襲いかかる。イラクは今やこうした戦争被害者であふれかえっている。
リンパ腺がんの子どもがいる。重症だ。2週間前に行った手術跡が痛々しい。「2キロにおよぶ腫瘍を取り除いたばかりだ。彼を助けるのはアッラーの神以外にはないだろう」と医師がつぶやく。
「日本の薬と医療器具がほしい。ぜひ支援を」とは医師を目指す学生の言葉。シリア製の抗生物質を使っていたが、質が良くないという。医師の免許を持ちながら、さらにがん専門の医師になろうと、この病院へやって来て勉強を続ける多くの若者たちがいる。もともとのイラクは、教育が行き届き、医療技術もそれなりに高い国であった。誰が今のイラクの状況を想像していただろうか。
「ヒロシーマ、ナガサーキ」。私が日本人だと分かると、多くの人々が広島・長崎を口にする。ここイラクの現状と60年前の広島・長崎を比較する事はできないが、明らかに人々は日本にシンパシーを抱き、その支援を待っている。
明日は金曜日で休日である。帰国する前にもう一度この病院を訪れたいと考えている。

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このページは、nishitaniが2006年5月12日 11:27に書いたブログ記事です。

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