金曜日はヤウムルジュムア

本日は金曜日、休日である。アラビア語では金曜日を「ヤウムルジュムア」という。ヤウムルが「曜日」で「ジュムア」が「集まる」。つまり金曜日はモスクに集まってお祈りする日、という意味である。
イスラムの国では、この金曜日を中心として、金・土と休む国と、木・金と休む国があるようだが、いずれにしても金曜礼拝に多くの人々が集まってくる。
ここスレイマニアは比較的宗教色の薄いところで、女性でも顔を出している人が多いし、街角でビールを堂々と売っているのも嬉しい限りだ。
さて、今日はイラクのタラバニ大統領が、サダムフセインに対して蜂起した場所を訪れた。1988年からフセインは「アンファール作戦」を強行。多くのクルド人を虐殺したのだが、そうした状況の中で、タラバニ率いる「クルド愛国者同盟」(PUK)が、決起していく。
クルド地域は山岳地帯で、フセインとしても攻め落としにくく、PUKとしてはゲリラ戦に持っていければ、強力なフセイン軍とも十分戦うことができた。
PUKのゲリラ戦に手を焼いたフセインは、やがて禁じ手である「化学兵器」を使用する。クルドのレジスタンスは壊滅的な被害を受け、多くのクルド人が殺され、難民となっていく…。
やがて湾岸戦争が勃発し、フセインは大打撃を受け、クルド地域を手放すのだが、クルドを一つの国として独立させることには、トルコもイランも消極的であったため、結局は「クルド」という国は現在に至るも出現していない。
もともとイラクやトルコ、シリア、ヨルダンなどの国境線を勝手に引いたのは、第1次世界大戦後のイギリス、フランス、ドイツなどの列強であって、その中で「クルド独立」が承認されなかったのが問題だ。アラブやアフリカの国々の国境は定規で引いたようにまっすぐな場合が多いが、これらはヨーロッパの国々が勝手に決めた国境だからである。
さて、明日はその化学兵器の被害がもっとも悲惨だった村、ハラブジャを再訪しようと思う。慎重に行動するので、ご心配なく。

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このページは、nishitaniが2006年5月13日 11:28に書いたブログ記事です。

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