アンファール省を訪問

ここスレイマニアには、「アンファール省」というのがある。1988年、フセインが行った大虐殺を「アンファール作戦」というのだが、ここではその悲劇を語り継ぎ、後世に伝えること、いまだに何十万人と言う難民がいるので、その難民の生活を支援すること、さらにはいまだに攻撃のあった村々から遺体が出てくるので、それらの遺体をイスラムに乗っ取って、葬ってあげること、などを主要な仕事としている。
虐殺から18年もたっているが、いまだに遺体が続々と出てくるし、難民たちの処遇は改善されていない。
これには多くの原因があるが、なんと言っても、「フセインの恐怖政治の後を引き継いだのがアンサール・イスラム(イスラム原理主義者)だった」からである。
9・11以降、ビンラディンのアルカイダやアンサールイスラムの摘発が続き、2002年頃に、ようやくこの地域は真に開放されたわけである。
解放されたというものの、イラク戦争があり、その後の大混乱でガソリンは不足するわ、治安はなかなかよくならないわ、移動するのには危険が伴うし、税金は高いわ、で、人々の暮らしがよくなったとはいえない。
ずっと戦争をしてきた地域なので、ここでは銃の携行は当たり前。私が外へ出て行くときは、必ず護衛がつくので、通訳のハリルはいつも「ほら、今お前は拉致されているぞ」と冗談を言うのが常となった。
しかしこれだけのカラシニコフが出回ってしまうと、ひとたび火がつけば止まらないだろうな、と感じる。
今のバグダッドがそうだ。連日50人単位で殺された、という報道が入ってくるが、現実はその倍以上頃されているだろう。報道機関が把握した数が50人というだけであって、多くは警察にも届けず、家族が涙しながら埋葬しているからだ。イスラムでは遺体はすぐに埋めなければならない。
いったい何人死ねばこの戦争が終わるのだろうか。

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このページは、nishitaniが2006年5月15日 11:30に書いたブログ記事です。

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