レバノン南部激戦地へ

今日は、午前中にベイルートの赤十字を訪問し、その後、イスラエルとの国境の町へ向かった。ベイルートから海岸線沿いに南下していく。途中、イスラエルによって破壊された橋などがあって、本来なら30分ほどで到着するサイダの街までに1時間。サイダでレバノン軍の広報へ行き、取材許可証をゲットする。この許可証がないと、チェックポイントを通過できなかったり、撮影したフィルムを没収されたりする。
サイダからさらに南下し海岸線を走ること1時間、ヒズボッラーの支配地域に入る。ヒズボッラー兵士は地下にもぐっているようで、目立つのは国連兵士とレバノン軍だけ。
スーラの町に到着。街の高層ビルが空爆され破壊されている。スーラ市は「国連銀座」の様相を示し、ユニセフ、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)、WFP(国連食糧援助)などの事務所が集中している。その中の「地雷など爆発性危険物除去事務所」へ。
ここでは毎日のように、レバノン南部の村を訪れてクラスター爆弾の不発弾を除去している。本日の除去作業はすでに終了していたので、明日の除去作業に同行することにする。
何しろ、レバノン南部にばら撒かれたクラスター爆弾は120万個ともいわれている。今日もクラスターの爆発で、47歳の男性、9歳の子ども、36歳の女性が犠牲になった。9歳の子どもは死んでしまったようだ。
イスラエルがばら撒いたクラスター爆弾を全て除去しようと思えば、少なくとも2年はかかるとのこと。農業や牧畜で生計を立てている農家やベドゥインにとって、120万発のクラスターは脅威だ。今後も多くの子どもが、誤って死ぬか障害児になるだろう。
明日は、その実態に迫りたい。

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このページは、nishitaniが2006年9月28日 11:08に書いたブログ記事です。

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