2006年10月アーカイブ

レバノン南部にばら撒かれたクラスター爆弾の被害について、10日夜関西テレビのニュースアンカー、11日夕方朝日放送のムーブで、その映像を流すことができた。クラスター爆弾を踏んで大怪我をしたシャディさん(27歳)の治療の様子を、両テレビ局ともに放送した。
「お茶の間に流す映像としては、(特に夕食時なので)かなりエグイですが、これが戦争の実態だから」と、放送してくれることになった。
広島・長崎でもそうだろう。リトルボーイ、ファットマンが投下され、きのこ雲ができる映像も重要だが、被爆者の顔が焼けただれて、ガーゼを巻き、そこから蛆虫が出てくる映像を見て、「絶対に核兵器は許されない」と、感じるのだと思う。
10月9日に北朝鮮が核実験をして、テレビのワイドショーでは「もし東京に核兵器が落とされれば100万人が犠牲に」とか「そうなる前に先制攻撃も含めた対応を」などと、「最悪のシナリオ」を並べて、恐怖をあおっているようだ。
思う壺である。誰の?ブッシュと安部内閣の。
もちろん核実験(これも本当に核実験か怪しいが)を強行したとされる北朝鮮は厳しく批判されるべきだが、ミサイルを発射したときに麻生外務大臣が「金正日に感謝しなければならないかも」と言い放ったように、これでグーンと「戦時体制」に近づくことができるし、憲法も改悪できそうな情勢になってきた。「良くやった金ちゃん!」というところではないか。
私の出演した番組では、「クラスターのような非人道兵器は絶対に廃棄させなければならない」とコメンテーターの皆さんも論じていただいた。昔の戦争は、兵士と兵士が前線でにらみ合って、突撃!というパターンだったが、現代の戦争は「テロとの戦い」であるから、戦場は、普通の町の中で起こるのだ。「ヒズボラが潜んでいるかもしれない」から、クラスターを撃ち込むのであって、結果として死ぬのは民間人である。
戦争民営化のところでも書いたが、かつての戦争のイメージ、戦争とは国と国がするもの、広大なバトルフィールドがあって兵士と兵士が殺しあうもの、というものは捨てたほうがいい。現代の戦争は「普通の町が破壊される」のだ。
核兵器はその意味で最悪の「非人道兵器」である。しかし経済制裁をしても逆に金体制が強化されるだけではないだろうか?経済制裁が成功した例などほとんどないし、多くの子どもが飢えで死ぬだけだと思うのだが・・・。

今回のレバノン戦争、つまりイスラエル対ヒズボラの戦いの発端は、ヒズボラが「捕虜交換」を目指して2人のイスラエル兵を拉致したからだった。いままではイスラエル、ヒズボラの間に「暗黙のルール」のようなものがあって、こうした場合、限定的な戦闘にとどめ、互いが拉致した捕虜を交換する、というものだったようだ。
しかし今回は違った。全面戦争に突っ走ったのだ。特にイスラエルは7月12日から34日間の戦争で、約1200人の民間人を虐殺し、停戦数日前には120万発のクラスター爆弾を南部レバノンにばら撒いた。もちろんヒズボラもミサイル攻撃でイスラエルの民間人を殺害した。
どうしてここまで悲惨な戦争に突っ走ったのだろうか?特にイスラエルは国際世論を敵に回し、結果としてヒズボラに「敗戦」してしまった。一方ヒズボラは国内の世論を味方につけ、今後大きく躍進しそうだし、ヒズボラの背後にいるイラン、シリアは相対的に国際的地位を引き上げることになった。
つまり単純にいえば、敗者はイスラエル、そしてその背後にいるアメリカで、勝者は「悪の枢軸」であるイラン、シリアだということになる。
実際、この戦争でハリリ元首相の暗殺事件は、いっぺんに吹き飛んでしまい、犯人と疑われるシリアは息を吹き返した様相だ。もちろんイランも「もしアメリカが攻めてきたら、ヒズボラを使ってイスラエルに攻め込むぞ」という「カード」を見せつけることができた。
アメリカとイスラエルにとって損ばかりに見えるこの戦争の真の目的は?
私はここでも「石油ではないか」と考える。イスラエルがレバノンに攻め込むことによって原油価格が上がる。現在の原油市場は、莫大な投機マネーが動いていて、価格を吊り上げたり、下げたりすることで莫大な金額が動いている。イラクやレバノンで戦争が起きれば、これは誰が考えても原油価格は急騰する。
もし「究極のインサイダー」で、米政府の内部に「イスラエルに戦争をさせる」ことをいち早く知っている人間がいて、その人物が石油先物市場の投機筋に情報を流したとしたら・・・。投機ファンドは「買い」に走り、莫大な利益を上げるだろう。停戦の情報をいち早くつかめば、逆に「空売り」して、利潤が転がり込む。往復で儲かる仕組みだ。
もちろん、軍産複合体もほくそえんでいる。イスラエルが地対地ミサイルでばら撒いたM42クラスター爆弾は古いタイプである。つまり「武器の在庫一掃」ができたし、更に改良を重ねた爆弾が売れ始めるだろう。
原油が上がると、産油国サウジやロシア、イランは空前の「好景気」になる。サウジは王室が仕切る独裁国家で、有り余る金でアメリカの武器を買う。戦闘機などを購入する場合、王室にバックマージンが10数パーセントも入ると言われる。だからサウジ王室とブッシュは「ただならぬ関係」であるし、サウジ王室からテロリストのビンラディンへ金が流れる。ビンラディンはその金でテロを行い、アメリカはテロに怒るフリをして、「テロとの戦い」を口実に、ずっと戦争ができる、という仕組みだ。
イスラムとユダヤが「文明の衝突」で闘っているのではない。その裏にあるものを見ないと、戦争の本質を見誤るのだ。

レバノン南部の都市スーラと首都ベイルートのほぼ中間点に、スンニ派の街サイダがある。ここは暗殺されたハリーリ元首相の出身地で、ハリーリおよびその息子のポスターが目立つ。スーラではヒズボラのナスラッラーばかりだったのに・・・。
サイダにはハムード病院という拠点病院があって、スーラのジャバルアメル病院で一時治療を終えた患者が、この病院へ運ばれてくる。
shadeii.JPG本日(9月29日)時点で入院しているクラスター被害者は2人。サルハさん(50歳)とシャディさん(27歳)だ。先日までクラスターの被害を受けた子どもが入院していたが、イタリアの国連軍(UNIFIL)の空軍機でイタリアに運ばれていったので、残っているのはこの2人だけ。
サルハさんもシャディさんも共に農夫で、クラスターを踏んだのはみかん畑での作業中。
両者とも足を複雑骨折し、クラスターの鉄片が多数体内に残っている。医師にその数を尋ねるも「数え切れていない」とのこと。「今からシャディさんの両足に巻かれたガーゼを取り替え、消毒する」というので、患部を撮影させてもらうことになった。
医師はフランス語は話せるが英語はダメなため、詳しい解説は分からなかったが、時折シャディさんのことを「こいつはテロリストだから、狙われたんだ」などと冗談を言いながら、患部を固定している金具を持ち上げ、手荒な手つきでガーゼを剥ぎ取っていく。シャディさんの足は、骨と筋肉が剥ぎ取られ、あちこちに鉄片が突入した穴が開いている。医師はその穴に遠慮なく消毒液を流し込み、ピンセットで肉片と共に突入した鉄片を取り出そうとするので、そのたびにシャディさんは「ドクトール!」と悲鳴を上げる。
そんな壮絶な「治療」中に、医師の携帯が鳴り出し、治療を中断。しばし会話を始めるものだから、壮絶な治療を固唾を呑んで見守っていた家族から失笑が漏れる。
サルハさんもシャディさんも「傷が癒えたら、また農場に戻って仕事をする」という。「俺には11人の子どもがいるんだ」とサルハさん。
その子どももみかん畑で働いているので、家族の将来は危険がいっぱいだ。
クラスター爆弾の使用を禁止しないと、今後ますますこの種の悲劇は増産される。何しろ停戦後、クラスターによる死亡者は15人、負傷者は95人(9月29日現在)といわれている。
地雷は国際的な禁止条約が結ばれたが、クラスターはまだ。戦闘機から空爆でばら撒かれるクラスターについて言えば、一発の親爆弾から640個の子爆弾が飛び散り、その内10〜15%が不発弾として残る。地対地ミサイルからのクラスターは1発の親爆弾から88個の子爆弾が飛び出し、その内なんと40%は不発弾だ。かくして戦闘機と地対地ミサイルから放たれたクラスターの子爆弾は100万発以上である。クラスターの多くは、停戦2〜3日前、イスラエルが、南部レバノンにばら撒いたのだ。ヒズボラとの戦いに勝利できなかったイスラエル軍が、ただ相手に打撃を与えるためだけに、見境なくばら撒いた。このイスラエルの犯罪行為に対して、もっと大きな反イスラエル世論が沸き起こってもいいのだが・・・。

レバノン南部の都市スールは、今回の戦争を取材する上でのいわば拠点都市である。国連のスタッフもジャーナリストも、このスールに集まり活動を続ける。スールへの入り口にはヒズボラのナスラッラーと、ベルリ国会議長の写真が並べて飾られ、「共に闘う」と、シーア派の団結を訴えている。
ここスール市には「ジャバル・アメル病院」という設備の整った病院があって、南部レバノンからの負傷者が運ばれてくる。その中の一人ハッサン・ザイヤードさんは、2日前(9月27日)に、クラスター爆弾の被害にあった。
sheephassen.JPGハッサンさんの職業は「羊飼い」。大量の羊と牛を追い立てながら牧草を食べさせ、市場に供給する、いわばベドゥイン的な農夫である。
ハッサンさんがクラスター爆弾の被害にあったのは、実はこれが3回目だ。最初の2回は自分から離れていた羊または牛が踏み、幸いにもハッサンさん自身には怪我がなかった。
しかし今回は違った。間近にいる羊が踏んでしまったのだ。
「そのときの様子かい?気を失っていたので覚えていない。気がつけば病院のベッドだった。一緒に働いていた息子が助けてくれたんだよ」。ハッサンさんの身体には20個以上のクラスター爆弾による鉄片が突き刺さったままだ。
「これから?もちろん仕事を続けるよ。だって俺には羊飼いの仕事しかできないし、家族を養わなければならないからね」。
私ならもう恐ろしくて羊を追うことはできないだろう。何しろ南部レバノンの大地には100万発を越えるクラスター爆弾がばらまかれたのだ。

カブリーハから民間人が多数虐殺された街カナへ。途中1時間くらいの道のりだが、沿線には破壊され家が続く。ガソリンスタンドがやられている。ガソリンスタンドは、ヒズボラに燃料を供給している、という理由だろうが、何の変哲もない家を狙っているのは、「レバノン人は誰でもいいから殺す」というイスラエル側の論理があるのだろう。
もっとも、ヒズボラもイスラエルに対抗してミサイルを発射し、イスラエル人を殺しているので、日本人の私から見ると「どっちもどっち」に写るのであるが、家をねらわれ、家族を殺され、クラスター爆弾をばら撒かれる民間人にとってはたまったものではない。
カナに到着。カナでは虐殺された人々のために集団墓地を作っていて、そこに犠牲になった方々の写真が飾ってある。家の地下に隠れていたところを爆撃され、家もろとも吹き飛ばされているので、家族全員即死、というパターンで亡くなっている。
kana.JPG集団墓地にはもう誰もお参りしておらず、すぐ隣の民家(ここも爆風なのか、ロケット弾なのか、半壊である)の老人にインタビュー。
「弟の家族5人がやられた。全員即死だ。あの家の地下に隠れていたところを、イスラエルのロケット砲が飛び込んできたんだ」。
集団墓地の右から順に5人の写真が並ぶ。弟、妻、長女、長男、次男・・・。次男はわずか7歳で長女は婚約者がいたという。
集団墓地にこれらの民間人を殺したロケット砲の破片が陳列されている。同行の國本さんにその破片を持ち上げるように頼むが、重くて持ち上がらない。かなり大きな砲弾だ。
5人の家族が殺された現場へ。家の地下に隠れていたらしいが、その家は取り壊され更地になっている。瓦礫の中に布団や家具の残片が。間違いなくここは民家で、ヒズボラの拠点ではない。イスラエルは誰でも良かったのだろうか・・・。
コソボ、アフガン、イラクと、空爆の跡をそれぞれに撮影してきたが、いつの場合も民間人が殺されている。カナの町の人間全てがヒズボラだ、と考えたのであろうか、それとも「レバノン人は殺してもかまわない」と考えていたのであろうか・・・。

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