羊飼いのハッサン

レバノン南部の都市スールは、今回の戦争を取材する上でのいわば拠点都市である。国連のスタッフもジャーナリストも、このスールに集まり活動を続ける。スールへの入り口にはヒズボラのナスラッラーと、ベルリ国会議長の写真が並べて飾られ、「共に闘う」と、シーア派の団結を訴えている。
ここスール市には「ジャバル・アメル病院」という設備の整った病院があって、南部レバノンからの負傷者が運ばれてくる。その中の一人ハッサン・ザイヤードさんは、2日前(9月27日)に、クラスター爆弾の被害にあった。
sheephassen.JPGハッサンさんの職業は「羊飼い」。大量の羊と牛を追い立てながら牧草を食べさせ、市場に供給する、いわばベドゥイン的な農夫である。
ハッサンさんがクラスター爆弾の被害にあったのは、実はこれが3回目だ。最初の2回は自分から離れていた羊または牛が踏み、幸いにもハッサンさん自身には怪我がなかった。
しかし今回は違った。間近にいる羊が踏んでしまったのだ。
「そのときの様子かい?気を失っていたので覚えていない。気がつけば病院のベッドだった。一緒に働いていた息子が助けてくれたんだよ」。ハッサンさんの身体には20個以上のクラスター爆弾による鉄片が突き刺さったままだ。
「これから?もちろん仕事を続けるよ。だって俺には羊飼いの仕事しかできないし、家族を養わなければならないからね」。
私ならもう恐ろしくて羊を追うことはできないだろう。何しろ南部レバノンの大地には100万発を越えるクラスター爆弾がばらまかれたのだ。

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このページは、nishitaniが2006年10月 3日 10:57に書いたブログ記事です。

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