ハンディキャップセンターで

昨日訪れたところは、ハンディキャップセンターといって、空爆や銃撃戦の巻き添え、地雷、クラスター爆弾の不発弾などで、障害を持った人々のためのリハビリ施設である。
1991年に、戦争で傷ついたクルド人のためのNGOとしてスタートした事業であるが、95年からは、人種、民族、宗教の違いを超えて、犠牲になった全ての人々を公平に救おうということで、名前に「インターナショナル」が加わった。
ご存知のように、今のバグダッド初めイラク各都市は内戦状態なので、多くの人々が傷つき、障害者となっている。ここではバグダッド、ティクリート、バスラ、バクーバなど、アラブ人地域から運ばれてきた患者に対しても、公平に診察し、義足を作り、リハビリを施している。
イラク国軍の兵士で、ティクリート近郊を車で移動中、道路わきの仕掛け爆弾によって重傷を負った人が座っている。10台の車列で通行中、突然爆発、彼の車には5人が乗っていたが、他の4人は全員死亡、彼だけが左足左目を失って、助かった。3ヶ月前のことだ。
切断された左足を撮影する。今から彼のための義足を作るというので、その工程を取材。クルド人技師が、左腿を5センチ間隔にマーキングする。その後石膏で左腿を固め、しばらくして抜き取る。これが型枠になり、その後型枠通りにプラスティックを流し込み、義足の上半分が作られるわけだ。彼の場合は膝の上から切断しているので、「膝から下の鉄の部分」に、前方にしか折れ曲がらないジョイントを設け、これを関節代わりにして義足が完成するわけだ。
これから厳しいリハビリが始まり、彼は歩けるようになるかもしれない。
しかし今後イラク国防軍に復帰することはできないだろう。今のところ、米軍はもちろん、イラク政府からも何の補償もない。彼には子どもがいるが、これから先どのようにして生活していくのだろうか・・・。
どの時代の戦争も、彼のような「前線兵士」が傷つき、司令官は安泰である。昨日もバグダッドでテロがあり200人以上が殺されたという。200人が殺されたということは、彼のような障害者が同数程度出ているということだろう。あらためてこの戦争の悲惨さを思い知らされる。

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このページは、nishitaniが2007年3月 8日 02:44に書いたブログ記事です。

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