背後から少女は狙い撃たれた

本日は、スレイマニア市内にある救急病院を取材した。詳細は帰国後ビデオなどで紹介するが、地獄図だった。バクーバという激戦地から12歳の少女が運ばれてきた。小学校から帰宅中に、米兵が背後から撃ったのだ。彼女の通う小学校周辺は、よく米軍の戦車が通過するところだった。その日、道路わきに仕掛けてあった爆弾が爆発、米軍の戦車は無事だった。しかしこのような爆弾攻撃の後は、米兵はクレイジーになる。周囲にいる人はみんなテロリストに見えるのだろう、米兵は銃を乱射した。その時彼女たちは3人で通学路を帰宅中だった。1人が殺され、彼女は両足に重傷を負った。
「なぜ米兵hは子どもを撃つのか!この子がテロリストだというのか!」付き添いの父親が嘆いた。
隣のベッドでは6歳の少年が横たわっている。両足は全てギプス。身体には無数の黒い斑点。クラスター爆弾だ。3日前、少年は3人で不発弾を触って遊んでいた。突然クラスターが爆発、2人が死亡し、唯一生き残ったのが、この6歳の少年だ。
身体に空いた無数の黒い穴の中には、今も鉄の塊が突き刺さっている。
バクーバ、キルクーク、モスル、そしてバグダッド・・・。各地から多くの重傷者が運び込まれてくる。医師が「1時間前、一人亡くなった」とつぶやく。
日本では「バグダッドで100人死亡」という「数字だけ」のニュースが流れる。その影で、多くの人々の涙と怒りが渦巻いている。

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このページは、nishitaniが2007年3月11日 02:47に書いたブログ記事です。

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