アジアカップサッカーで優勝したイラク

今年のサッカーアジアカップ、残念ながらオシムジャパンは韓国にPK戦で負けて4位に沈んだ。予選では開催国ベトナムを順調に下し、強敵オーストラリアにも競り勝っていただけに、予想外の惨敗だった。特に韓国戦では相手が一人少ない状態ながらも、決定的なチャンスを作れないまま、ずるずると時間だけが経過するという消化不良の試合だった。よく言われることだが、「組織としのパス回しはうまいが、個人としてシュートまで持っていく力強さに欠ける」のが日本の特徴だ。集団では力を発揮するが、一人になるとシュンとなるのが日本人の特徴か?
さて、そのアジアカップで初優勝を飾ったのがイラクである。4年にわたる戦争で祖国が破壊され、選手として十分な環境整備が整わない中での、優勝は非常に価値あるものだ。
準決勝のイラク対韓国戦。イラクはPK戦の末、韓国を下した。喜びを爆発させる民衆。人々はバグダッドの通りに出て、勝利を祝っていた。そんな群衆の中に、自爆テロリストが突っ込んだ。
勝利の喜びが一瞬にして阿鼻叫喚の地獄と化した。想像してほしい、阪神の優勝を祝う群衆の中に、つまり道頓堀の橋の上に爆弾を積んだトラックが突っ込んだとしたら…。
殺された人々が全くの無実の市民である点、そして久々の明るい話題が一転して最悪の地獄になった点、犯人はただ「喜んでいる民衆をターゲットにした」という非道さ…。こんなテロは絶対に許してはならない。
そんな思いで、一人の母親がイラクナショナルチームに手紙を書いた。
「私の息子は、韓国戦の勝利に喜んで街へと繰り出しました。そこに自爆テロがありました。息子は死んでしまいました。もう息子は帰ってきません。息子への最大のプレゼントは何でしょうか?それはあなた方イラクナショナルチームが次の決勝戦で勝利することです。天国の息子のために、どうか次の決勝戦で勝利してください」。
運命のサウジアラビア戦が始まった。実力では上と見られるサウジ相手に、イラクは互角以上の戦いを繰り広げた。選手の胸の内には、息子を失った母への手紙、そして天国にいる息子への約束があった。『優勝カップをなくなった息子に捧げたい』」。
試合結果はご存知のとおり1−0でイラクの勝利!試合終了後、イラクナショナルチームは金の優勝カップを、その母親に手渡した。
イラクは一つだ!!民衆はイラクの勝利に希望を見た。そう、イラクは一つなのだ。次は民衆の側が米軍を追い出し、この泥沼に終止符を打ち、平和を求める戦いに勝利する番だ。

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このページは、nishitaniが2007年8月17日 02:25に書いたブログ記事です。

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