激戦地キルクークで自爆テロを取材

本日(13日)は激戦地キルクークへのピンポイント取材を敢行した。スレイマニア市から車で2時間程度の距離であるが、キルクークは全く別世界。
PUKの護衛とともに、数ヶ所のチェックポイントを無事通過し、キルクークの自爆テロ現場へ。現場で車を停車させると、覆面をした警官がやってくる。「やばい、捕まるのでは?」と感じるが、同行のファラドーンが「日本から来たジャーナリストだ。怪しいものではない」と説明。警官がなぜ覆面をしているかというと、テロリストが警官の顔を記憶し、そして任務以外の時間帯で撃ち殺されてしまうからだ。
自爆テロ現場はメインストリートにそった何の変哲もない商店街。11日(一昨日)に自動車による自爆テロがあった。この場所で10人が殺され25人が重傷をおった。テロで破壊された店の中に入る。自爆した車は跡形もなく、車のボデイの破片、ホイールなどが転がる。
その隣の店は跡形もなくブロックだけになっている。店の中にいた2人が、店の下敷きになって殺されている。地面に血がこびりついている。この店は肉屋さん、肉を売っていた人が殺された。
その隣の店に血が流れてその血にハエがたかっている。わすか2日前のテロで流された血にハエがたかる。
ファラドーンは「早く撮影しろ。もうだいぶ時間が過ぎた。危ないぞ。次に移動しよう」と催促してくる。もっといろんな人にインタビューしたいのだが、やはり安全第一に行動すべきだ。後ろ髪を引かれる思いで、現場を後にキルクーク病院へ。
キルクーク病院は現場から一番近い病院なのだが、激戦地のために満足な医療設備が整っていない。薬もなく、この病院では助かる患者も助からないのだという。したがってお金のある患者はアルビルの病院へ移送される。ここに留まっているのは貧しい患者。
病院の院長にあいさつし、すぐに2階の病棟へ。
13才の少年ムラート君がドーズフルマートーでテロに遭った。彼の顔面は破壊され、右目はつぶれ、頭には包帯がぐるぐる巻き。「あー、あー」とあえぐ彼の胸には鉄の破片が13個も入っている。隣の母親は昨日から息子の前で泣きはらしている。父は死んでいるので、この息子だけが頼りなのだが…。彼はフィトロ祭なので友人と広場で遊んでいたときにテロに遭った。「イラクでは子どもの遊び場所もないんだ。これがイラクの子どもたちの運命だよ」と見舞いに来た親族。
38歳のカマルさんがベッドに横たわっている。彼は先ほどのキルクーク自爆現場でテロに巻き込まれた。あの肉屋の前で肉を買おうとしていた時にテロにあった。日本でいえば「大晦日におせち料理の具材を買おうとして、市場でテロに遭ったようなもの」である。
なぜ、最近になってテロが頻発しているのか?
2通りの理由があると思う。
その1 祭りで楽しそうにしている市民を狙って、「天国から地獄へ」落としたほうが、相手へのダメージが大きい。
その2 石油利権に関して、クルド政府がアメリカをはじめとする石油会社と優先的な契約を結ぼうとしているため、取り残されそうな、スンニ派、シーア派、トルコマンなどが、反発を強めている、ことがあげられる。
何はともあれ、スレイマニア市に無事帰り着いてホッとしている。本日撮影した映像などを通じて、テロで殺されているのは普通の市民であること、石油利権をめぐって紛争が激化していること、そしてその原因を作ったのが、アメリカ、イギリスなどの大国であること、などを訴えていけたら、と考えている。

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 激戦地キルクークで自爆テロを取材

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.nowiraq.com/mt/mt-tb.cgi/20

コメントする

このブログ記事について

このページは、nishitaniが2007年10月14日 02:12に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「11日、イラク入国に成功」です。

次のブログ記事は「難民キャンプを取材」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.01