難民キャンプを取材

本日(14日)はフィトロ祭3日目、街は依然としてクローズ常状態。商店街はもちろん、取材対象のハンディキャップセンター、戦争犠牲者のための緊急病院なども門扉がロックされ、誰もいない。祭り期間中だとはいえ、緊急病院が閉まっていていいのかとも感じるが…。
病院取材をあきらめ、スレイマニア市郊外の「カラーワ避難民キャンプ」へ。甲子園球場くらいの広場に、大小あわせて150ほどのテントが張られている。避難民は本日時点で435人。その数は増え続けている。このキャンプができたのは2006年3月。バグダッドその他地域が内戦状態になり、危険を感じたアラブ人たちがこの地へ逃れてきた。
テントの中に入る。ハエが飛び交う中、飲み水や氷を保管する大き目のポリタンク、マキで煮炊きするかまど、夜の明かりを確保する灯油ランプなどが、テントの中に乱雑に並んでいる。子どもたちが「写真を撮れ」とやってくる。この子どもたちはお金がないため、学校には通っていない。テントに横たわる45才の主婦。一ヶ月前から具合が悪くなり、寝たきりになっている。病院にいく金がないので、何の病気かも判明しないが、しきりにお腹を指差すので、衛生状態の悪さからひどい下痢に悩まされているのかもしれない。イラク北部では先月、コレラが流行ったのでその影響があるのかもしれない。いずれにしてもハエが飛び交うこの状況で、体調を崩さない方がおかしいくらいだ。彼女は7人の子どもがいて、夫はすでになくなっているので、病院にいけるかどうかは、政府の援助とイスラムの寄付次第である。
シリアなどへ逃げたイラク難民は200万人を越えると言われている。その多くが家財道具や車を売り払って旅費にして他国へ逃げている。さらに問題なのは、そんな旅費も捻出できずイラク国内に留まらざるを得ない国内避難民である。避難民の多くがバグダッド出身。しかも06年以降に発生している。06年2月にサマッラの黄金モスクが破壊されて以来、イラクは内戦状態に陥った。恐ろしいのは民兵である。治安もルールも何もない無政府状態こそが一番危険なのだ。直接的に殺しているのは、スンニ、シーアの民兵たちかもしれない。しかしこの不幸な状態を作ってしまったのは、間違いなくアメリカの侵略戦争である。その結果責任は大きい。

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このページは、nishitaniが2007年10月15日 02:13に書いたブログ記事です。

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