緊張高まるトルコ国境の村を取材 その1

当初の予定を変更して、イラク〜トルコ国境の取材に出ていたので、ブログを更新できなかった。「あいつ、捕まったのと違うか」(笑)などとご心配をかけたかもしれない。無事スレイマニア市に帰還し、この原稿を書いている。

日本ではどれだけ報道されているか分からないが、実はトルコVSクルドの関係が、非常に緊迫している。というか、戦闘状態に入っている。本日(18日)の報道によると、トルコ議会は、イラク領内に越境し、PKK(クルド労働党)への軍事作戦を展開することに、同意したようだ。下手をすれば全面戦争になり、イラクはバグダッドを中心とする中南部で内戦、そして北部クルド地域ではトルコとの戦争という、「全土戦闘状態」になりかねない。
以下は、15、16両日に国境の村を取材したときのルポ。

スレイマニア市から車を飛ばすこと10時間、山また山の「クルディスタン(クルドの土地)」を走りぬけ、目的のイニシケ村に到着。到着時点ですでに夜12時を越えている。夜間に車内で宿泊するのは危険なため、急きょ安宿に宿泊。私と同行の吉田君、ドライバーと通訳、そして護衛2人、6人チームがオンボロ部屋で雑魚寝。
夜明けを待って取材開始。村人の証言によると、13日夜(一昨日だ!)イニシケ村の背後にそびえる山々からトルコ空軍機がやって来て、12発のミサイルを撃ってきたとのこと。インタビューをしていると、村の子どもたちがわんさか寄ってくる。小学校高学年くらいの子どもが「僕、ミサイルの破片を持っているよ」。彼が手にしているのは、レンガ大くらいのミサイルの破片。空爆の翌朝、ミサイル着弾地点から拾ってきたのだ。「着弾点を案内する」というので、山を登ること10数分、山腹に直径1メートルほどの穴が開いており、その周囲が火事になったらしく、木々が黒焦げに立ち枯れている。
昨日イギリスのBBCがやって来て、穴の中の破片を持って帰ったらしい。この場所は本日(16日)夜のCNNでも報道されていた。BBCには先着を許したが、CNNには勝利したのだ(だからといって何もないが)。
空爆は断続的に行われており、今後しばらく続くだろう。幸いにして今のところ犠牲者は出ていないが、「羊がビックリして逃げてしまった」「山火事で草が焼け、放牧できない」「これ以上続くと恐ろしくて村に住めない」など、村人たちは不満と不安を口にした。
この地域を担当するPUK(クルド愛国者党)の幹部は、「攻撃されている村にはPKKはいない。全て普通の市民だ。なぜトルコは一般市民を標的にするのか」と、トルコ軍への不満を口にした。彼はさらに「俺たちは今後も国境を警備する。しかしトルコ領内に侵入し、反撃したりはしない。トルコ政府のエライやつに現場を見に来てほしいよ。この地域にはPKKはいないんだ」。
インタビューの最後、「俺たちは戦車もミサイルもない。日本政府は俺たちに戦闘機や戦車をプレゼントしてくれないかなぁ」とも。おいおい、それは「反撃する」ということやないか!とツッコミを入れたかったが、怖かったので黙って聞いておいた。
イニシケ村周辺は、実はリゾート地なのである。村から車で1時間も走ると、キャンプ場があり、人々はピクニックを楽しんでいる。隣でミサイルが撃ちこまれているのに、のどかな光景。同行の通訳ヌルディンは、「俺たちクルド人はずっと戦争をしている。イラン、イラク戦争、湾岸戦争後のフセインとの壮絶な戦い、そして2003年からのイラク戦争(クルドはアメリカ側について闘った)…、人々は戦争に慣れきっているし、ミサイルが飛んできてもそれほど驚かないよ。みんな『逃げ方』を知っているのさ」と笑う。
日本なら間違いなくパニックになり、みんな総出で逃げ出すところなのだが…。

以上は、16日に書いた原稿。明日は「なぜトルコがイラク領内に侵入してまで空爆をしているのか」について考察してみたい。

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このページは、nishitaniが2007年10月18日 02:14に書いたブログ記事です。

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