ディア君のこと 最終日、ドーハにて

ディア君(9歳)は、2005年バグダッドで通学途中に米兵から背中を銃撃され、下半身不随になった少年だ。今年(07年)3月にシリアのダマスカス、サイダザイナブ地区でであった。サイダザイナブは、バグダッド〜ダマスカス間の長距離バスのターミナルがある町で、住民の約70%がイラク難民、「リトルバグダッド」と呼ばれている町だ。私は今回の取材でサイダザイナブを徘徊し、「ディア君探し」を試みた。以前ディア君とであった場所には別の家族が住んでいた。昨日(21日)、アンマンで、ディア君の面倒を見ている、これまたイラク難民のアルディンに聞くと、ディア君一家はイラクに帰還した、とのこと。シリアのダマスカスでは、仕事が見つからず、イラクへ帰らざるを得なかったようだ。
ディア君一家は今、バグダッドの西方、ラマーディーという激戦地に暮らしている。ファルージャ、ラマーディーといえば、かつてはアメリカ軍と激しいバトルを繰り返していたところであるが、最近は若干安定しているというので、少しは安心だ。
今回の旅の目的の一つに「ディア君のその後」というテーマがあったが、ラマーディーを訪れることは不可能だ。で、それはあきらめることにした。
私は来年の3月に、またダマスカスとイラクを訪れようと思う。おそらく来年の3月になっても、日本人はラマーディーには入れないだろう。しかしこの活動を続けていれば、きっとディア君と再会できる日が来ると信じる。その時ディア君が車椅子から立ち上がって歩けていればいいのだが。

ということで、今回の旅も最終日を迎えた。この原稿は22日夜、ドーハの空港で書いている。今から関空行きの飛行機に乗り、明日は大阪だ。カタールは飲酒に厳しい国で、持ち込んだウィスキーを隠しながら、出発時間を気にしながらの原稿なので、少し支離滅裂になっているかもしれない。
ネットを見ていると、亀田親子がどうした、花田美恵子さんがどうなった(苦笑)、というニュースがトップである。しかし本日もバグダッドのサドルシティーで49人が米軍に殺され、トルコはクルドに侵攻しようとしている。私の任務は大きいのかもしれない。

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このページは、nishitaniが2007年10月23日 02:17に書いたブログ記事です。

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