ダマスカスより その1

本日(6日)は、アンマンを発ってシリアの首都ダマスカスへ。乗り合いタクシーで一人15ヨルダンディナール(約2千円)也。ダマスカスまでは砂漠の中の一本道。1時間弱でヨルダン・シリアの国境。アンマンやダマスカス、ベイルートという首都の名前を聞くと、それぞれかなり離れているように思いがちだが、実際は車をぶっ飛ばして2時間ほどの距離に過ぎない。
ヨルダン側の出国審査でかなりの時間を待たされる。ミャンマーでの長井さんの事件があって、日本人ジャーナリストの出入国に関して、厳しさが増している様子だ。
シリア側の入国審査では、係官が携帯電話を窓越しに手渡して「会話しろ」と言う。会話の相手はシリア情報省の幹部。「何をしに行く?」「いつまで?」「職業は?」「メーンの活動場所は?」など矢継ぎ早に「尋問」される。やがて許可が下りて晴れてシリアに入国。私のパスポートにはイラクやアフガンはじめ、各地のビザがスタンプされているので、このような審査は、シリアではお約束事のようだ。早く「パスポートをきれいに」することが必要なのかもしれない。
国境から1時間でダマスカスに到着。半年前と同じく、大変な交通渋滞。100万人とも200万人ともいわれるイラク難民がこの街に流れ込んでいるのと、ラマダンで日の入り前に帰宅を急ぐ通勤の車で、一つの交差点を越えるのに、排ガスを思い切り吸い込まねばならない。おそらくダマスカスでは日本のような排ガス規制はないのであろう、真っ黒な煤煙を吹き上げながら、オンボロバスがすぐ前を走る。車内では運転手以下全員がタバコを吸うので、窓を閉めるのも地獄、開けるのも地獄、という最悪の状況。
今回はホテルではなく、アパートの一室を借りる。ホテルに泊まるよりも自炊ができて安くて便利だ。
到着後、休むひまなくジャラマナ地区を目指す。ジャラマナ地区はイラク難民の街。ジャラマナ地区へ行けば、また新たな難民たちの生活を取材できるだろう。今回は通訳のハーミドがいないので、英語をしゃべる通訳を見つけることができるかがカギ。大通りでタクシーを拾う。運転手は28歳のマンスール。英語しゃべれるか?と聞くと「アッリトル(少し)」。他のタクシーも似たようなものだ。仕方ない、こいつを頼りにジャラマナ地区に潜入しよう。(以下、翌日に続く)

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: ダマスカスより その1

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.nowiraq.com/mt/mt-tb.cgi/15

コメントする

このブログ記事について

このページは、nishitaniが2007年10月 8日 02:07に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「難民キャンプを訪問」です。

次のブログ記事は「ダマスカスより その2」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.01