UNHCR あふれかえる難民たち

今回は少し戻って8日の状況。

8日はダマスカスのUNHCR、国連難民高等弁務官事務所を訪ねた。半年前にも訪れたのだが、場所がダマスカス郊外に移動しており、なお多くのイラク難民が難民申請のために長い列を作っている。UNHCRの前で撮影を始めると、すぐに警備員が飛んできて、「ここは撮影はダメ。許可を得てから」。UNHCRの警備員と私たちのやり取りを見ていた難民たちが、「この事務所は何もしてくれない」「何日並んでも同じなんだ」「日本からか?この状態を伝えてくれ」などと黒山の人だかりに。
難民たちの不満は極限に達しており、このまま難民認定されなければ、バグダッドに戻らざるを得ない状況がよく分かった。それにしても国連は「冷たい対応」に終始している。やはりアメリカに遠慮しているのだろうか?コソボやボスニアでは活躍していたUNHCRだが、この難民を作った原因は明らかにアメリカの不当な侵略であるから、おおっぴらに活動できないのだろうか?国連の持つ表の顔と裏の顔の一場面を見る思いだ。
200万人ともいわれる難民にとって、最も必要なのは人道支援だ。UNHCRはその戦争がどんな背景であるにせよ、公平に活動しなければならないと思うのだが、現実はどうも違うようだ。
シリアの情報省はシリア・バース党の建物の中にある。バース党と聞くと、フセインを思い出して少し気が引けたのだが、受付も愛想がよく、すぐに情報省幹部のアリー氏と面会できることに。訪問の目的を告げると、アリー氏は歓迎してくれて、「人道支援の取材なので、協力しよう」という回答。取材制限されるかと思ったところで、逆に取材協力の返事が返ってきた。シリアとしてもアメリカの戦争に反対し、この戦争犯罪を告発したいと考えているのかもしれない。
いずれにしてもダマスカスを再訪し、難民の生活に密着していきたいと思う。アリー氏に感謝しつつ、バース党を後にしたのだった。

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このページは、nishitaniが2007年10月 9日 02:19に書いたブログ記事です。

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