中東の国境はなぜ直線?2

昨日の続きで、「世界最大の少数民族」と呼ばれるクルドの歴史と、ルポです。

かくしてクルドは4分割されてしまった。苦労して独立を勝ち取ったがゆえに、トルコ政府はクルド人の存在を認めなかった。クルド人を「山岳トルコ人」と呼び、クルド語を話すこと、子どもにクルドの名前をつけることを許さなかった。議会でクルド後をしゃべっただけで刑務所に入れられるという、大変な人権抑圧がまかり通った。
そんな中でクルド人が起ちあがる。1970年代にPKK(クルド労働党)が結成され、武装闘争を開始。以後、トルコ軍が鎮圧しては、PKKが自爆テロで反撃するという、泥沼の関係に陥ってゆく。
一方イラク領内、イラン領内のクルドも、独立闘争を開始した。とりわけ1980年代のイラン・イラク戦争では、イラクのフセインが、トルコ領内のPKKとイラン領内のKDP(クルド民主党)、イランのホメイニがイラク領内のPUK(クルド愛国者党)に武器を供給し、互いに戦わせた。かくして弱い立場のクルド人同士が憎しみあう関係になってしまった。
その後この地域は湾岸戦争、そして今回のイラク戦争と、世界の火薬庫となっていく。2003年のイラク戦争で、イラク領内のクルド、つまりKDPとPUKはアメリカ側についた。フセイン政権が倒され、クルドはアメリカの後ろ盾を得る。その後はご承知のとおり、アメリカはイラクの泥沼にはまり込み、今やイラク領内のクルド人政府だけがパートナーのような状態。治安の安定したクルド地域だけ投資が進み、先日も外資系石油会社とクルド政府が、キルクークの油田開発で先行契約を結び、スンニ、シーア、トルコマンなど、その他の諸派閥を激怒させたばかり。
この状態はトルコのみならず、シリア、イランにとっても望ましくない。なぜか?
もしこのままイラクのクルドが事実上の独立を勝ち取り、石油利権、イラク復興利権をはじめとする莫大な権力を手にすれば、当然その「勝利」は、トルコ、シリア、イランのクルド人たちに伝染し、「独立をめざす戦い」に火がついてしまう。今までなら多少クルドを弾圧しても、国際社会(西側)は黙っていたが、イラク戦争後は状況が一変している。アメリカがクルドの後ろ盾なのだ。
一方トルコ政府はというと、イラク戦争に関連した米軍の軍事物資の内、70%近くをトルコ基地経由で運んでいるのをはじめ、必死で西側に協力してきた。キリスト教が主体であるEU諸国に配慮し、トルコ政府は極力「イスラム色」をなくして、EU加盟を目指してきたのだ。今までの努力は一体なんだったのか?
そこにトルコを激怒させる「事件」が起こった。昨年10月10日にアメリカの下院で「オスマントルコによるアルメニア人虐殺非難決議」が通ってしまったのだ。アルメニア人虐殺に関しては、トルコではタブーと言うべき問題で、いまさら、そしてなぜこのタイミングでアメリカがこんな決議を出してきたのか?トルコから見れば明らかな「挑発行為」なのだ。
実はアルメニア人虐殺はオスマントルコ政府が行ったもので、今のトルコ政府の犯罪ではない。現在のトルコ共和国成立の歴史からいっても、アメリカの「アルメニア人虐殺決議」は無視しておいても良かった。しかし事態は逆に動き、トルコは駐米アメリカ大使を召還し、国務大臣の訪米も急きょ取りやめた。つまりトルコはまんまと「アメリカの挑発に乗ってしまった」のである。
そしてついに戦闘が始まってしまった。トルコ軍はイラク領内に越境し、PKK掃討作戦に出た。以下は昨年10月にイラク~トルコ国境の村を取材したルポである。

スレイマニア市から車を飛ばすこと10時間、山また山の「クルディスタン(クルドの土地)」を走りぬけ、目的のイニシケ村に到着。到着時点ですでに夜12時を越えている。夜間に車内で宿泊するのは危険なため、急きょ安宿に宿泊。私と同行の吉田君、ドライバーと通訳、そして護衛2人、6人チームがオンボロ部屋で雑魚寝。
夜明けを待って取材開始。村人の証言によると、13日夜(一昨日だ!)イニシケ村の背後にそびえる山々からトルコ空軍機がやって来て、12発のミサイルを撃ってきたとのこと。インタビューをしていると、村の子どもたちがわんさか寄ってくる。小学校高学年くらいの子どもが「僕、ミサイルの破片を持っているよ」。彼が手にしているのは、レンガ大くらいのミサイルの破片。空爆の翌朝、ミサイル着弾地点から拾ってきたのだ。「着弾点を案内する」というので、山を登ること10数分、山腹に直径1メートルほどの穴が開いており、その周囲が火事になったらしく、木々が黒焦げに立ち枯れている。
昨日イギリスのBBCがやって来て、穴の中の破片を持って帰ったらしい。この場所は本日(16日)夜のCNNでも報道されていた。BBCには先着を許したが、CNNには勝利したのだ(だからといって何もないが)。
空爆は断続的に行われており、今後しばらく続くだろう。幸いにして今のところ犠牲者は出ていないが、「羊がビックリして逃げてしまった」「山火事で草が焼け、放牧できない」「これ以上続くと恐ろしくて村に住めない」など、村人たちは不満と不安を口にした。
この地域を担当するKDP(クルド民主党)の幹部は、「攻撃されている村にはPKKはいない。全て普通の市民だ。なぜトルコは一般市民を標的にするのか」と、トルコ軍への不満を口にした。彼はさらに「俺たちは今後も国境を警備する。しかしトルコ領内に侵入し、反撃したりはしない。トルコ政府のエライやつに現場を見に来てほしいよ。この地域にはPKKはいないんだ」。
インタビューの最後、「俺たちは戦車もミサイルもない。日本政府は俺たちに戦闘機や戦車をプレゼントしてくれないかなぁ」とも。おいおい、それは「反撃する」ということやないか!とツッコミを入れたかったが、怖かったので黙って聞いておいた。
イニシケ村周辺は、実はリゾート地なのである。村から車で1時間も走ると、キャンプ場があり、人々はピクニックを楽しんでいる。隣でミサイルが撃ちこまれているのに、のどかな光景。同行の通訳ヌルディンは、「俺たちクルド人はずっと戦争をしている。イラン、イラク戦争、湾岸戦争後のフセインとの壮絶な戦い、そして2003年からのイラク戦争…、人々は戦争に慣れきっているし、ミサイルが飛んできてもそれほど驚かないよ。みんな『逃げ方』を知っているのさ」と笑う。
日本なら間違いなくパニックになり、みんな総出で逃げ出すところなのだが…。

その後の事態は、小さな小競り合いはあるものの大規模な戦闘には至っていないようだ。しかし間違いなく緊張が高まり、一触即発の状態が続いている。事態は戦争へ戦争へと動いているのだ。PKKはもちろん、トルコにとってもアメリカにとっても戦争によって得るものは少なく、失うものは大きい。なぜそこまで突っ張るのか?
「これでまた戦争ができる」とにんまりしている武器商人にとってはメリットがある。さらにこの動きにつられて原油価格が急上昇した。「虐殺決議」を仕掛けた裏には、やはり「石油価格の操作」によって大儲けをたくらむグループがあるのではないか?
異常な原油高の結果、間違いなく巨額のオイルダラーが転がり込んでいる。誰に?湾岸の産油国?メジャー?ヘッジファンド?それとも…。
テロとの戦い、民族紛争、宗教戦争…。大手メディアはじめ、多くの論者は戦争の原因をこのような「現象面」から説明しようとする。しかし私は戦争の水面下でうごめく「石油利権」「軍産複合体」「ドルの防衛」…。こうした水面下にこそ、戦争の本質が潜んでいるのだと感じている。


最近になって、またトルコ軍がイラク領内に越境して、PKK掃討作戦を行っているようだ。新聞には「アメリカ板ばさみ」などという見出しが躍っているが、「アメリカほくそ笑み」ではないだろうか?2000年のデータであるが、アメリカは世界の流通兵器の50%を生産しているのだから。

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このページは、nishitaniが2007年12月21日 14:24に書いたブログ記事です。

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