本日出発します

いよいよ本日深夜便で中東に出発する。3月4日にダマスカスに着けばすぐに、政府情報省に出向いて、10数名となる日本人旅行者の受け入れ態勢を確保する予定だ。

シリアはイランとともに米国から圧力を受けているので、私たち「西側の旅人」を警戒するのかな、と思っていたのだが、実態は逆で、「見せてくれるところは見せてくれる」ようだ。半年ほど前、イスラエルがシリアの原子力施設を空爆した様子だが、そうしたところは見せてくれないだろう。

イラク難民が通う小学校や、戦争被害者が入院する病院、バグダッドへのバスターミナル、UNHCRなどを訪問できるように調整したい。「悪の枢軸」シリアが、一番多く難民を受け入れ、大金持ちのサウジやクウェートなどはほとんど受け入れない。そのあたりを政府も宣伝したいのかもしれない。
ダマスカスには、友人でジャーナリストのイサーム・ラシードの甥っ子が、私を迎えてくれる。アナス・ラシードという。彼からも最新のバグダッドの状況が聞けると思う。

4日~6日までをダマスカスで過ごし、7日にはアンマンへ。アンマンは私にとってホームグラウンドのようなもので、町の様子はよくわかっているつもりだが、05年のイラク人による連続自爆テロ後、アンマン在住のイラク難民は追い出されてしまったので、果たして現状はどうだろうか…。

通訳のハーミドによると、いまだに難民はアンマンで生活しているそうだ。アンマンでは、パレスティナ難民キャンプも訪問する。実はヨルダンは純粋のヨルダン人よりも、パレスティナ人の方が多い。長年の戦闘で、流入人口がオリジナルを上回った、世界でも珍しい国である。
「パレスティナ難民キャンプ」と聞くと、テントが林立し、国連の旗がはためくイメージであるが、実際の難民キャンプは、普通の「ごみごみした下町」という感じ。1967年第三次中東戦争で逃げてきた当初はテント。やがてそのテントが仮設住宅になり、それが石造りのアパートに変わり、商店街ができて、学校ができた。10数名の旅行者とともに、そんな中東の歴史を実感できる旅になればいいなと思う。

関空からドバイへの便は、深夜11時過ぎに飛び立つ。見送りに来る家族は私を心配し、私は妻の下手くそな運転で自宅まで帰る家族を心配する。関空がもう少し近くにあり、ドバイへの便がもう少し早く飛べばいいのだが、関西から飛んでくれるだけでも良しとせねばならないのだろうか。

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このページは、nishitaniが2008年3月 3日 09:21に書いたブログ記事です。

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