ツアーの一団、無事アンマンに到着

本日、無事14人のツアー参加者がアンマンに到着。20時間以上に及ぶフライト&待ち時間なので、体調を崩された方がいないかと心配していたが、みなさん元気な顔で空港を出てこられてひとまず安心。

ホテルへのチェックイン後、すぐに6名の、イラク難民のインタビューに移る。
6名のうち4名がバスラからの難民。うち3名は旧バース党に所属していた。戦争後、アメリカ占領軍は「バース党狩り」をして、軍人はもちろん、警官、石油工場の支配人、学校の校長、官僚など、要職についていた人々を追放した。
アメリカの占領政策は大失敗をするのだが、その最大の原因は、イラクという国を支えてきた、これら要職についている人々を、ただ「旧バース党だった」というだけで首にして、まったく行政経験のない、とりわけ亡命イラク人をはじめ、「アメリカに忠誠を尽くすと思われる人々」を要職につけたためだ。

当然、汚職が蔓延し、行政は混乱する。さらに大学教授や医師、弁護士などが暗殺の恐怖を受けて、国を捨てていく。やがて治安は乱れに乱れ、民兵が跋扈する。
シーア派モクタダサダルの民兵、マフディ軍が家までやってきて、出て行かないと殺す、と言い放つ。かくして3名はアンマンに逃げてきた。
イラク難民にスンニ派が多いのは、かつてのフセイン時代に、要職についていた人に、スンニ派が多かったためだ。

6名の中にアリー君(2歳)がいた。両親はバグダッド出身。彼は生まれてすぐにウンチがでなくなった。10日に一回しか出ないので、お腹はパンパンに膨れ上がった。生まれつき結腸に問題があったためだ。浣腸しては、排泄する日々。やがて手術。彼は2歳にして人工肛門をつけた。

「一日24時間あるけれど、この子は4時間くらい眠るだけで、あとは泣き続いているの。どうしてこの子がこんなに苦しまなければならないの」母が泣き崩れる。「劣化ウラン弾に間違いない。アリーのように生まれつき直腸に問題がある子が、バグダッドで大量に生まれている。バグダッドの病院で同じ症状の子どもをたくさん見た」と父。

バグダッドの治安が悪くなったことと、アリーの治療のために、彼ら家族は先月アンマンにやってきたばかり。最初の手術は国連とイタリアのNGOが費用を出してくれたが、今後続くであろう数回の手術については、援助してくれる国や組織は現れない。

14名のツアー参加者にとっては、いきなりショッキングな話が続いたかもしれない。しかしこれが現実なのだ。
明日は、アンマンの病院へ行き、さらに劣化ウラン弾の被害者と面談し、その後ダマスカスに向けて出発する予定。
この旅が実り多いものとなりますように。

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このページは、nishitaniが2008年3月 8日 23:59に書いたブログ記事です。

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