油田の炎に圧倒される

3月15日は激戦地キルクークへの取材を敢行した。キルクーク取材は、これでもう4回目。運転手のファラドーン、そして今回はポーラ・タラバニさんが同行してくれる。
ポーラさんは、現在のタラバニ大統領の親族。父親のシーワン・タラバニはキルクーク革命運動の指導者で、1979年にサダム・フセインによって殺されている。キルクークの顔といえる人に護衛してもらっているので、今回はかなり安心。

スレイマニアを出て1時間半ほど車をぶっ飛ばす。5つのチェックポイントを越えれば、そこはもうキルクークだ。チェックポイントを越えたところ、「ようこそキルクークへ」と書かれたゲートの中心に、なんとポーラさんの父、シーワン・タラバニの肖像画が。思わず車を止めて、みんなで記念撮影。
キルクークの人々はポーラさんを見て「やぁ」と手を上げ、挨拶して通り過ぎる。かなりの有名人と見た。
ポーラさんの事務所から、石油会社へ電話。本来ならメディアが入ることのできない油田を取材できることに。

キルクーク市内から車で30分。「油田への道」を行くと、検問所が。通常ここから先は関係者以外絶対入れないところなのだが、今回は許可証がある。検問を抜けると、すぐさま「イラク石油警察」がガードにつく。イラク国防軍とは別に、油田だけを警備する「石油警察」がいるとは知らなかった。
検問から車で5分、油の臭いが鼻につきはじめる。街路樹の向こうに勢いよく炎が燃え上がっている。
地面から火が噴出している。ものすごい勢い。近づいて撮影しようとするが、熱くてなかなか近寄れない。風向きが変わると、熱風が押し寄せる。

本来なら、ここは「黄金の地」である。これだけの豊富な原油があれば、人々は世界でトップクラスの生活ができるはずだった。ところが歴史は皮肉なもので、この原油があるために、人々は常に争いの渦中に巻き込まれてきた。
「日本では石油は出るのか?」とポーラさん。「出ませんよ。出なくてよかったです。油の代わりに、水があります。そして平和が…」。
答えてから、心の中で「その平和はかなり危ないのだけれど」とつぶやく。

油田からパイプラインがトルコ方面に伸びている。この石油工場とパイプラインに向けて、これからもロケット弾が打ち込まれ続ける。
明日は、そのような攻撃で人々が塗炭の苦しみを味わっていることについてレポートしたい。

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このページは、nishitaniが2008年3月16日 01:53に書いたブログ記事です。

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