路肩爆弾の下に地雷が・・・

キルクークの中心部、ポーラさんの事務所に、20名ほどの戦争被害者が集まる。取材のためなので、当初は数名でいい、と言っていたのだが、「俺も、私も戦争の被害者だ」と20名ほどがやってきて、狭い部屋に、被害者がぎゅうぎゅう詰め。

ポーラさんの事務所では、戦争のために勉強できなかった女性や子どもたちのために、コンピューターが設置され、ここで英語やアラビア語などを習得する。教育レベルを上げないと、キルクークがよくならないという信念の元に、この「人権擁護事務所」が開設された。

しかしこのような「人権擁護事務所」がテロリストに狙われる。なぜか?女性や子どもに教育すると、将来的にキルクークが自立してしまうから、それを好まない勢力がこのような組織を狙うのだ。かくして事務所の前にはコンクリートの壁、先日も事務所を狙った爆発があり、玄関の窓ガラスは砕け散っている。

そんな中にムハンマドさん(27歳)がいた。彼は先ほど訪問した石油会社で「イラク石油警察」の一員として働いていた。2005年4月13日、米軍とともにキルクークを移動中のことだった。米軍の車列が通る道には、しばしばIED、路肩爆弾が仕掛けられている。果たしてその日も、道端にIEDが発見された。
「あの爆弾を処理せよ」。米兵の命令に従って、ムハンマドさんが慎重にIEDを除去していく。いつもと同じ処理のはずだった。しかしそのIEDの下には、さらに地雷が仕掛けてあった。

両目と仕事を失った彼に対して、米軍からの補償は何もない。除去せよ、と命じた米兵は無傷だ。私はいつもイラクにウォークマンを持ってきている。音楽を聴くと不思議と心が落ち着くからだ。今回はこれをプレゼントしよう。光を失った彼に、残された娯楽は少ない。

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このページは、nishitaniが2008年3月17日 21:22に書いたブログ記事です。

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