ブッシュよ、ここにテントを張って住んでみろ!

3月18日はスレイマニア市郊外にあるカラア避難民キャンプを訪れた。昨年10月に訪れたときは450人ほどの避難民がテント生活を送っていたのだが、その数はじわじわと増加し、今では700人程度が不自由な生活を余儀なくされている。

スレイマニアではこの一週間でかなりの雨が降った。テントは雨漏りがするし、周囲はドロドロになる。夜間はかなり冷え込むし、5月を過ぎれば、今度は酷暑である。

数あるテントの一つに、車椅子に乗ったアプチサームちゃん(13歳)がいた。激戦地、ラマーディーの出身だ。
2004年7月、アメリカはラマーディーに集中砲火を浴びせた。アプチサームちゃん一家はラマーディーの名家で、広い敷地の実家に町の有力者が集まった。彼らはアメリカと徹底して戦うことを決意し、いつしか自宅が武装勢力の拠点となっていった。

2機の戦闘機が自宅に向かって飛来する。猛烈な爆撃、実家は徹底的に破壊された。その空爆後、アプチサームちゃんに異変が生じる。当時9歳だった彼女の身体が、だんだん麻痺していき、学校に通えなくなり、ついには歩けなくなった。言葉もしゃべれず、車椅子の重度障害児になってしまったのだ。

父親はアプチサームちゃんのIDカード(身分証明書)を持っていた。「これを見てくれ。この娘が5歳のころの写真だ。ノーマルだろ?娘は小学校に通っていたんだぜ。今では立ち上がることも、しゃべることもできない。なぜなんだ!」。

ダマスカスのイラク難民の中にも、アメリカの空爆後に麻痺が生じて、下半身不随になったきょうだいがいた。空爆後、脳内に異常をきたし、知的障害児になった9歳と4歳のきょうだいもいた。
神経麻痺を生じさせる新型爆弾を使ったのではないのか?どす黒い疑惑が鎌首をもたげる。

アプチサームちゃんの父親に、この5年間をどう思うかと尋ねた。
「俺たちラマーディーの人間は、アメリカの空爆で全てを失った。家も財産も健康も…。ブッシュよ、ここにテントを張って住んでみろ!もしこのテントで生活できるのなら、俺たちも生活を続ける。無理なら、元の生活に戻してくれ!」


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このページは、nishitaniが2008年3月20日 14:46に書いたブログ記事です。

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