成金都市ドバイを観光する

これまで私にとってUAEのドバイは通過都市であった。関空からドバイ便が、毎晩深夜11時に出ている。地理的にもドバイ空港はヨーロッパ、アフリカ諸国の中間に位置しているので、国際的な「ハブ空港」である。私はドバイから乗り継いで、アンマンかダマスカス、あるいはベイルートに入り、その後イラク入りを目指してきたのだが、最近になってドバイ~スレイマニア、アルビル便が飛ぶようになった。
それだけ北イラクの治安が良くなったということだ。私にとって今後のドバイは通過都市から、拠点都市に変わるだろう。もうアンマンに出る必要はない。

さてそのドバイであるが、ハッキリ言って「成金都市」である。うなるほどのオイルマネーを背景に、各地で超高層ビルが建設中だ。世界一ののっぽビル「ブルジドバイ(ドバイの贈り物)」が建設中である。そしてそのビルの周囲は、超高層ビルが立ち並ぶ。まるでニューヨークみたいやね、とタクシーの運転手に言うと、「実は、こちらではこの地区をスモールニューヨークと呼んでいる」とのこと。

ちなみにホテルは7つ星まである。本日冷やかしたホテルのお値段は、シングルで一泊3900ディルハム(約11万円)、ロイヤルスィートで11900ディルハム(約35万円)である。7つ星ホテルの最上階から、ヘリポートが伸びている。超お金持ちたちが、ドバイ空港からわざわざヘリをチャーターしてここにやってくるそうだ。さらに7つ星ホテルのプライベートビーチの先には、「ザ・ワールド」。海の中に世界地図とそっくりな人口島を浮かべ、そこに別荘を作り、分譲しているのだ。確かサッカー選手のベッカムがどこかの「国」を買ったとのこと。
お前ら、ええかげんにせんかい!と突っ込みたくなるのは私だけだろうか。世界一ののっぽビルも、ホテルも、ザ・ワールドも、実際に建設しているのは、アジアからの出稼ぎ労働者だ。その他にもホテルの従業員、タクシーの運転手、各家庭のメイド…。これらは全て出稼ぎのインド人、パキスタン人、インドネシア人、フィリッピン人などである。
したがってこの国ではアラビア語は必要ない。インド訛りの早口英語が理解できれば、それほど不自由さを感じない。クルド語しか通じなかった北イラクとはえらい違いだ。

UAEの人々、つまり土着のアラブ人は何をしているのだろうか?彼らはほとんど働かない。
きつい、汚い、危険な、いわゆる3K職場には貧しいアジア人を働かせておけばいいのだ。
私の宿泊する安宿の従業員にそれとなく尋ねたところ、彼はネパールからの出稼ぎ者で、収入は月に800ディルハム(約2万円)しかなく、6年契約だという。彼は現在22歳ですでに3年間働いているので、あと3年すれば故郷に戻れる。上の兄もこのホテルで働いていてやはり月2万円の収入だ。
故郷ネパールを出るとき、約1500ディルハム(約3万5千円)を銀行から借金して、航空運賃などに充てた。その借金は、3年たった今も返済中だ。

「ネパールにいた時に、ドバイに行けばお金が稼げる、と思った。でも実際に来て失望したよ。だってこのホテルの経営者は、ちっとも賃上げしてくれないし、かといって他も出稼ぎ労働者がいっぱいいて、仕事もないし…」と嘆く。
彼の夢はあと3年後の帰郷だ。「僕の村は、当時ネパールの毛沢東主義者に支配されていたんだ。貧困の極みだった。でも毛沢東主義者がいなくなったので、村も良くなりはじめたと聞いている。ネパールに帰って、もう一度勉強して大学に行きたい」。

彼が6年かけて稼ぐ給料は、7つ星ホテルのロイヤルスイート4泊分に過ぎない。

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このページは、nishitaniが2008年3月25日 01:52に書いたブログ記事です。

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