ドバイ空港にて

今はスーダンのハルツームにいます。6時間の時差があるので、現在6月3日午後8時前です。ようやくインターネットがつながる店を発見。昨日、本日とアップできなかったブログを、アップします。
以下は、ドバイの空港で書いたもの。

本日(6月2日)早朝、無事ドバイ到着。スーダン・ハルツームへの便に搭乗するのに、空港で9時間待ち。アフリカ大陸の土を踏むのは、私にとって13年ぶり。95年に南ア、ジンバブエ、タンザニアを旅して以来。

あの頃は右も左も分からなくて、ジンバブエの首都ハラーレで、ムガベ大統領の自宅付近を撮影していたら、いきなり警官に捕まったこともあった。そう、写真を撮影しただけで逮捕されることがあるなどとは到底考えていなかったのだ。ジンバブエではその後も「ムガベ独裁」が続いたが、ようやく野党が選挙で勝利するまでに変化してきた。内乱にならなければいいが。

当時のタンザニアはジンバブエよりも貧しかった。街角で販売されているタバコは、1箱ごとではなく、1本ごと。道路は舗装されずでこぼこで、クーラーつきのホテルが珍しかった。ジンバブエはキリスト教徒が多く、教会の風景などはそれなりに見慣れていたが、タンザニアはイスラム教徒が多かった。首都ダルエスサラームのレストランで「ビール」と注文すると、「うちには置いてません」。「なんというサービスの悪いレストランや」と憤慨していたが、今にして思えばイスラムでは当たり前のことだった。あの時が私にとってイスラム初体験だった。意地になってバーを探して、夜のダルエスサラームを徘徊した。細い路地を突き当たった看板も何もない店にビールを発見したときは、我ながら「よくやった!」とひそかに乾杯したものだった。

早朝5時。朝の祈りを知らせるアザーンの大音響でたたき起こされた。ホテルの目の前がモスクだった。「おいおい、朝の5時やないか」と祈りに参集するムスリムを眺めていたのが思い出される。
今から訪問するスーダンは、北部がイスラム国家で、南部がキリスト教徒が多く住む地域。経済的にも優位に立つ北部のアラブ政権が南部を制圧するという構図から、南部の「スーダン人民解放戦線」(SPLA)が蜂起し、内戦。停戦が成立したものの、戦火の絶えない国の一つで、難民は100万人規模といわれている。

首都ハルツームまでは問題なく入れるだろう。そこからダルフール地方に入ることができるかが勝負だ。北部のアラブ政府(ハルツーム政権)はダルフールを見せるのを嫌がるだろう。「国内移動許可証」をゲットできればいいのだが。

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このページは、nishitaniが2008年6月 4日 01:52に書いたブログ記事です。

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