ハルツームにて

続いて、本日のハルツーム取材報告。

6月2日、無事スーダンの首都ハルツームに到着。ダンダスホテルに宿泊。ここでネットをつなごうと思ったのだが、このホテルは無線LANになっていて私のパソコンではつながらない。日本を出る直前まで滋賀県の9条の会、和歌山の母親大会などに出席し、バタバタしていたので、もう3日ほどメールができていない。ブログも更新できていないのでご心配をおかけしているかもしれない。

このダンダスホテルには毎日新聞の記者&カメラマンが宿泊しており、彼らもスーダンの難民取材のため昨日ハルツーム入りしたばかり。私のような気楽なフリーとは違って彼らはプロ。事前に綿密な調査をしていて貴重な情報を提供してくれる。スーダンの地図を前に、「このあたりは何ていう地域?」「それはですね…」。試験前、クラス随一の優等生に授業のノートを写させてもらった日々を思い出す。毎日新聞に感謝、感謝。

3日、午前中ハルツーム市内観光へ繰り出す。まず向かったのがナイル川。ここハルツームは青ナイルと白ナイルが合流する地点で、その雄大な姿をカメラに収めようという趣向だ。タクシーを拾って青ナイルへ。ハルツームの街中には英語を喋れる人がいるかと思ったが意外に少なく、通じるのはアラビア語のみ。運ちゃんと不自由な会話。とにかく「ナイルへ行け」と命じて車内から撮影。ナイル川にかかる橋を撮影しているときだった。「ここは撮影禁止だ」。警察官が2人、私のビデオカメラを取り上げようとする。スーダンは独裁政権で、写真撮影については、かなり気を使う国である。「あぁそうですか。知りませんでした。日本からです。以後気をつけます」と笑って答える。答えてから手を差し出して握手する。こういうとき笑って答えるのが決定的に重要。悲壮な顔をすると、彼らは「何か悪い目的でもあるのか?」と疑うので、下手をすれば刑務所行きだ。シリアでもジンバブエでも似たような経験をした。少しは腹が据わってきたのかな?

警官の目を盗んでナイル川を撮影。ナイルの合流点が見えるところには5つ星ホテル。ホテルのそばには建設中のビル。看板には「CHINA」の文字。中国資本が入っている。スーダンにも「石油成金」が生まれつつあるようだ。実際、街を歩いていると必ず「ニイハオ!」とあいさつされる。スーダンでアジアといえば、中国のことだ。
ハルツームの中心部に戻り、市場(スーク)を歩く。道端に赤ちゃんを抱いた親子連れ。物乞いだ。私の次女「宝」が生きていれば、ちょうど同じ年恰好の子どもがいたので、思わず10スーダンディナール(500円程度)を手渡した。

パニックになった。

我も我もと手を差し出す人々。異邦人の私は街中で注目の的。「東洋人が金を出した!」固唾を呑んで見守っていた子どもたちがまとわりつく。「しまった!」と思ったが、後の祭りだ。足早に歩く私を、執拗に一人の子どもが追いかけてくる。帰れ!と振り払っても、ずっと付きまとう8歳くらいの少年。腹を指差して「食べていない」というジェスチァー。路地に入って、周囲に人がいないことを確認して、10ディナールを手渡す。
この国の、いや、アフリカの貧しさを改めて実感する。

さて、明日からはこのハルツームともお別れ。ジュバという南部の町へ飛ぶ。ジュバで難民キャンプを取材し、その後うまく行けばダルフールだ。短期間の取材なのでハルツームでゆっくりすることはできない。早く目的のダルフールに入らねば。


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このページは、nishitaniが2008年6月 4日 01:56に書いたブログ記事です。

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