南部スーダン、ジュバで難民取材

南部スーダン、ジュバではインターネットができなかったので、詳細をブログにアップすることができなかった。
以下は、ジュバ初日の記録。

6月4日、早朝の飛行機に乗り、ジュバという南部スーダンの街へ。スーダンはアフリカ一広い国で、国内線だがジュバまで2時間以上かかる。

午前9時半、ジュバ到着。ハルツームは砂漠気候なので、ナイル川沿いだけが緑で、他は茶色の大地であったが、ここは雨が降るのでサバンナのような草原と、青々とした山が広がる。行きかう人々のほとんどが黒人のブラックアフリカである。同じ国スーダンであるが、民族も宗教も気候も肌の色までが違う。ここ南部スーダンでは2011年に住民投票をして、独立するか否かを決めることになっているが、確かにこれほど違えば、「独立したい」という南部の人々の気持ちも分からないではない。

空港でUNHCRの滝沢氏と出会う。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のジュバオフィスで、南部スーダンの難民の状況についてレクチャーを受ける。

午後4時、ウガンダからの難民が、ジュバに帰還してくる。ここは「ジュバ・ウェイ・ステーション」。つまり長引く内戦で故郷スーダンを捨てて逃げ出した難民たちが、戻ってくるための「道の駅」なのだ。
難民たちは車列を作って帰ってくる。先頭にはUNHCRの旗を掲げたランドクルーザー。続くのが、UNHCRと大書された乗り合いバスだ。

大勢の難民たちが、ぞろぞろとウェイステーション(道の駅)の簡易宿泊所に入っていく。ここでは最大500人が宿泊できるのだが、近年、帰還民が大量に発生しているため、テントを張ってあと200人、つまり700人収容の施設にすることが急務なのだという。

スーダンの治安が安定してきたという情報を元に、2年ほど前から多くの難民が、ケニア、ウガンダ、コンゴ、中央アフリカなどから帰還している。しかし事態は複雑で、スーダンが安定したから、エチオピアから難民が入ってきたりする。エチオピアではいまだに内戦が続き、ようやく和平が成立したスーダンを目指して逃げてくるのだ。故郷を捨てて逃げ出す民と、安全を求めて逃げてくる民とが混ざり合う国スーダン。アフリカ各地で長引く戦闘は、事態を非常に複雑なものにしている。

明日は、さらに南部ニムレの町まで飛ぶことになる。さて明日はどんな一日になるのだろうか。

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このページは、nishitaniが2008年6月 7日 20:49に書いたブログ記事です。

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