激戦地 モスルをめざす ⑤

アリー君と 1.JPG

写真の子どもは、モスル近郊のハムダニーヤ総合病院で出会った。アリー君(11歳)の左足は膝のところでねじ曲がり、膝の横に足が張り付いている状態。
アリー君を生んだ母親は、わが子の姿を見て泣き続けている。次の子がアリー君のような姿で生まれてくるのが怖くて、両親はこれ以上の出産をあきらめている。

モスルの下町で生まれた。湾岸戦争、98年の「砂漠の狐作戦」、そして今回のイラク戦争。多くの劣化ウラン弾が撃ち込まれたモスル。劣化ウラン弾だけではない、おそらく化学兵器が使用されている。この病院には下半身不随の子どもがやたらと多い。さらには通常兵器が安全かというと、そうではない。通常兵器に含まれている鉛やマンガン、タングステンなどが地中に入り、重金属が土壌を汚染する。

この子の場合は、おそらく劣化ウラン弾だ。遺伝子が壊れないと、このような姿にはならないだろう。
さて、モスル近郊「ハムダニーヤ」とも今日でお別れ。ハムダニーヤからタクシーをぶっ飛ばし、アルビルとの国境まで急がねばならない。できるだけ日の昇っているうちに、モスル側の国道を突っ切って、アルビルへと入りたい。
サファーンから「次もぜひここを訪れてくれ。ここには国連もNGOもいない。モスルの人々を見捨てないでほしい」と頼まれる。バグダッドもモスルも、まだまだ危険であるが、危険だからこそ援助物資を届けたい。

「次は3月ごろだ」と約束し、ハムダニーヤを出発。アルビルまでは60キロ。わずか1時間にも満たないドライブだがアルビルは天国、こちらは地獄。道中、民兵による臨時のチェックポイントが設定されていないことを願う。
タクシーは飛ばす。後部座席に身をかがめながら、モスル側の風景を脳裏に焼き付ける。やがてアルビルとの「国境」が見えてきた。どうやら抜けることができそうだ。

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このページは、nishitaniが2008年10月22日 16:46に書いたブログ記事です。

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