ハムダニーヤから無事スレイマニアへ

2月23日午後5時、モスル郊外のハムダニーヤを出発し、スレイマニアに到着。ハムダニーヤではインターネットができなかったので、このブログを更新することができなかった。
ご心配をおかけしたかもしれないが、スレイマニアについたのでしばらくは安全地帯だ。
で、モスルではどうだったかというと、前回同様、ハムダニーヤまでは入れたのだが、モスル市内に入ることはできなかった。

2月1日の地方議会選挙後、アラブとクルドの勢力争いが続き、治安が悪化しているのだ。
モスル中心部からハムダニーヤまでは、わずか30キロ足らず。車を飛ばせばわずか30分の距離なのだが、今回も断念せざるを得なかった。私にとっては短くて長い距離。
その代わりといっては何だが、モスル中央病院から院長がハムダニーヤまで来てくれた。

このブログで紹介しているように、コバルト照射機が壊れてしまい、がん患者はシリアまで治療に行かねばならない状態が続いている。
がん患者は毎日列をなしてやってきて、その数は増える一方だという。通訳のサウファンが私の代わりにモスル中央病院で取材中。その模様については、後日、私の元へビデオが届く予定だ。

モスルは依然としてイラクで最も危険な都市である。「戦争前、遺跡に囲まれたモスルは美しい街だった。米軍はほとんどすべてを破壊し、美しいモスルは今や見る影もない」モスル出身の運転手マージドがつぶやく。マージドはモスルの自宅を米軍に襲われ、刑務所で過ごした経験を持つ。テロリストの疑いを掛けられ、拷問された。モスルには住めなくなったので、ハムダニーヤに逃げてきたのだ。
米軍が空爆し、無実の人々を拘束すればするほど、テロが増える。モスルはシリアにもトルコにも近いので、諸外国から「ただ事態は複雑化させるためだけに」テロリストがやってくる。そしてモスルはどうなったか?

「疑心暗鬼の街」になった。だれがスパイか分からない。だれがどこで誰とつながっているのか?
医師でさえ命を狙われ、逃げていく。そんな中、健康を害した人々は、壊れた「コバルト照射機」の前に、列を作って待っているのだ。


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このページは、nishitaniが2009年2月24日 00:33に書いたブログ記事です。

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