そして彼は動けなくなった

米軍の空爆で障害を負った子ども1 ブログ用.jpg 2月26日、本日は早朝からスレイマニアがん専門病院へ。案内してくれるのは「クルドの子どもを救う会」の現地人スタッフ。 この「クルドの子どもを救う会」は、クルド地域で一番大きなNGOで、5階建ての自前ビルを持ち、スタッフは100人以上。この地域で最も信頼されているNGOである。同じような名前の「イラクの子どもを救う会」は、日本の吹田という小さな町の、おんぼろアパートの一室を事務所にしている、しがないNGOである(苦笑)。名前は似ているが、実態はぜんぜん違うのである。

スレイマニアがん専門病院は、もう何回も訪れているのだが、訪問するたびに、患者と病室が増えているのが特徴。一昨年はがんの薬を届けたが、今ではクルド政府が予算をつけて、がんの薬を購入しているので、以前よりはかなりマシな状態になった。
しかしその薬の多くが「インド製」「トルコ製」なので、欲を言えば「日本製」「ドイツ製」のものがほしいとのことであった。

病室を回る。写真のイブラヒーム君は、実はがん患者ではない。頭に爆弾の破片が突き刺さっており、重度の障害児となった。

3年前、ティクリート市内の中学校から下校途中、米軍の空爆にやられたのだ。その空爆で5人の子どもが亡くなり、両足切断、片手切断の子どもたちとともに、イブラヒーム君は重度障害者となった。ティクリートといえば、フセインの出身地。米軍はイブラヒーム君たちを、「バース党の残党」などと誤認したのだろうか?
「この病院では治療ができません。どこか別の国へ連れて行って」と母親に懇願される。残酷なようだが、「別の国」に行っても、おそらく復活するのは難しいのでは、と感じる。

ベッドに横たわる彼は、もはやしゃべることができない。日本から持参した幼児向けのおもちゃを、そっとベッドに置く。ミッキーマウスだ。メードインUSA。彼の頭蓋に突き刺さった銃弾もメードインUSAだ。

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このページは、nishitaniが2009年2月26日 22:14に書いたブログ記事です。

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