バグダッド最終日 立ち飲み屋にて

イラク版立ち飲みで ブログ用.jpg写真はバグダッド繁華街カラダ地区の立ち飲み。イラクでこのような店が営業できるようになったのは嬉しいニュース。1年前までは、このような「酒を売る堕落した店」は、イスラム原理主義者に襲われていた。

3月12日、いよいよバグダッド取材も今日が最終日。午前中は核・放射線病院を取材し、午後からバグダッドの下町で買い物をしてから、空港へ行く予定。
で、以下は昨日バグダッド版立ち飲みで、インタビューした話。

ムスタファさん(35歳)は、下腹の出た恰幅の良い中年親父だ。イラク人は老けて見える人が多いが、ムスタファさんも実際の年齢よりかなり上に見える。
彼は2003年から米軍に雇われた「アブグレイブ刑務官」だった。
バグダッドからアブグレイブまで移送されるとき、彼は囚人のように、両手を後ろに縛られ、目隠しをされて、アブグレイブ刑務所に連れてこられた。
彼の仕事は、米軍が捕まえてくる「テロリスト容疑者」を、刑務所まで運び入れることだった。

米軍は、捕まえてきた「容疑者」たちを、それぞれ「スンニ派」「シーア派」「アルカイダ」「単なる窃盗集団」に分けて収用した。
囚人たちは裸にされ、尻の穴まで調べられた。
ある日、米軍はわざと、一人のシーア派囚人をスンニ派の房の中へ、逆に一人のスンニ派をシーア派の房の中に入れた。
集団リンチが始まった。それぞれ別の房に入れられたシーア派、スンニ派の囚人は、ぼこぼこに殴られ、息も絶え絶えだった。

「キャッチザファイヤー」(火をつける)。米軍は、わざと、両派が憎みあうように、それぞれの派が対立するように、仕向けたという。
ムスタファさんは、アブグレイブで、スンニの過激派に銃撃された。その傷は今も二の腕に残る。
「アブグレイブでスンニ派囚人を痛めつけたから」狙われたのである。彼はシーア派なのだ。ビールをあおりながら、彼は「スンニ派系アルカイダを許さない」と言う。

もともとイラクで宗派間抗争があったわけではない。スンニ、シーアの争いは、全てアメリカの占領後に始まったことなのだ。米軍はわざと両派が対立するように仕向けた。しかし多くのイラク人はスンニ、シーアの別なく、「俺たちはイラク人だ」と統一を志している。
今後のイラクは、米軍の思惑を超えて、平和統一できるだろうか?
それとも、「復讐」に燃えた一部の過激派が、また内戦を始めるのだろうか?

おそらく紆余曲折を経ながら、少しずつ安定していくのだろう。昨日、そのアブグレイブで自爆攻撃があり、33人の「覚醒評議会」が殺された。「覚醒評議会」はスンニ派の自警団だ。スンニ派地域からアルカイダを追い出した、いわば「ヒーローのような」存在。そんな英雄たちに、テロが襲い掛かる。
治安は一進一退を繰り広げながら、安定に向っている。米軍が撤退し、イラク人に警察権限が完全に委譲されれば、こうしたテロもなくなっていくだろう。
「マリキ?とりあえずGOODだね。テロが少なくなったからね」ムスタファさんは、そういってグリーンのハイネケン缶にチュッと口付けしてみせた。

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このページは、nishitaniが2009年3月16日 14:10に書いたブログ記事です。

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