破壊の街 カブール旧市街

デストロイドエリアに戻ってきた住民たちブログ用.jpg

6月15日(月)、本日はバーミヤンまでの航空チケットを確保するため、国連オフィスへ。カブール~バーミヤンは陸路で9時間、空路で30分。最初、ランドクルーザーをチャーターして、陸で行こうと考えていたのだが、道中、とてつもない悪路で、運転手は行きたがらない。「タイヤパンクしたら150ドル追加だよ」「車体に傷が入ったら…」など条件がうるさい。途中で故障したら、おそらく誰も助けてくれない。
スケジュールに余裕があれば、地元民たちと「乗り合いバス」もいいのだが、道中が少し危険。9時間対30分という圧倒的な時間の差も考え、飛行機で行くことに。

往復で500ドル。ドバイ~カブールの往復チケットは、たったの250ドル。つまりわずか30分の国内便が、片道2時間半かけた国際便の倍の値段。「国連、ボッタクリや」と感じるのは私だけか?

チケットを買い、カブールの「デストロイドエリア」へ。破壊の街、カブール旧市街。この一角はことごとく破壊され、瓦礫の街となっている。
1989年、ゴルバチョフ大統領の登場とともに、旧ソ連軍が撤退。10年に及んだ旧ソ連軍とムジャヒディーン(アフガンゲリラ)の戦いに終止符が打たれる。誰もがこれでアフガンは平和になった、と感じたのも束の間、ムジャヒディーンたちはソ連の傀儡であるナジブラ政権にも攻撃を仕掛けた。ナジブラ政権が倒れ、今度こそ真の独立を勝ち取ったはずのアフガンで、今度はそのムジャヒディーンたちの間で内戦が始まった。
ラバニ、ヘクマティヤル、ドスタム、マスード。4つのグループがバトルロイヤルのようにカブールで戦闘。その結果、この街区はことごとく破壊されてしまった。
ちなみに、この果てしなく、かつ無慈悲な内戦を終わらせたのが、タリバンである。

破壊の街は、徐々にではあるが復活しつつあった。瓦礫と化した街ではあるが、ところどころ人の住んでいる気配がする。

その中の一軒にお邪魔した。この家が空爆されたのは12年前。一家はカブール郊外の村に逃げていたが、最近になって戻ってきた。壁のペンキを塗り替え、部屋を整理し、少しずつ修復している。現在は3家族15人がこの家に住んでいるという。
写真のご主人は、タクシー運転手として生計を支えているが、生活は苦しい。しかし何はともあれ、ふるさとの町カブール旧市街に戻ってくることができた。復興への道は険しく遠いが、希望の光も見えてきたようだ。

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このページは、nishitaniが2009年6月15日 22:07に書いたブログ記事です。

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