バーミヤンからカブールへ

6月18日(木)午前8時、バーミヤンの市場で普通の人々の暮らしぶりを取材。雑貨屋の店主、靴の修理屋などが通りに座って客引きをしているが、彼らは障害者である。

靴の修理屋さんは、昨日取材した「シャーリ・ゴルゴラ」付近で羊を追っているときに、地雷を踏んだ。病院で右足を切断。左足は切断しなくてもすんだのだが、傷跡が腐りだして、やはり切断した。両足ともに義足となった。

羊飼いとして生きていくことができないので、靴修理の技術を独学で学び、こうして大通りに座っている。収入は一日200アフガニー。(400円程度)

大きなズタ袋を抱えた子どもたちがいる。「学校は?」と聞くと、「午後から」との返事。学校のキャパシティに比べて、子どもの数が多いので、午前・午後授業なのだ。
ズタ袋の中を見れば、ダンボール紙が数枚。「リサイクルに出すの?」との質問に「燃料だよ」。こちらでは電気はもちろんガスもないので、調理にこのダンボールを燃やすのだ。9歳、7歳、6歳の兄弟たち。ハザラ人なので、顔は日本人と似ている。

9時、バーミヤン空港へ。「バリバリバリ」という轟音とともに、ISAFのヘリが数機やってきた。カブールから要人を運んできたのだ。
わっと子どもたちがヘリに集まる。ヘリに乗っていた兵士たちが、子どもたちに何か投げている。投げられた地点に、わっと集まる子どもたち。おそらくキャンディーか何かだろう。「ギブミーチョコレート」。終戦直後の日本もこんな感じだったのだろうか?

10時、定刻どおり国連機が飛んだ。バーミヤンからカブールまではわずか30分程度なのだが、この飛行機も「逆周り」。バーミヤンからヘラート、ヘラートからカンダハール、そしてカンダハールからカブールへと戻る。
「ついてへんなぁー」思わずため息。所要時間6時間。ようやくカブールに到着。さすがに疲れた。ホテルに残してある焼酎を飲んで寝るとしよう。

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このページは、nishitaniが2009年6月19日 17:35に書いたブログ記事です。

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