なんと一日でカブールまで到着

10月6日ドバイへと出発の日、地元吹田で寿司を食べる。回っている寿司ではなく止まっている寿司である。しばらく飲めないであろう日本酒をしこたま飲んで、にぎり寿司に舌鼓。午後8時、関空へと向かう。愚妻の運転で阪神高速環状線に出たとき、胸ポケットがいつもより軽いのに気が付く。
「パスポートは?」あわてて胸ポケットをまさぐるも、ない。

あわてて寿司屋と家に電話。なんと我がパスポートは家の机の上。息子にパスポートを駅まで持ってこさせて、再度吹田から関空まで車をすっ飛ばす。うまい日本酒も大トロのとろける味も吹っ飛んで、関空到着が10時過ぎ。何とか間に合い機中の人となる。
「慣れてきた頃に油断するんや。これを教訓に慎重に取材してや」。愚妻の言葉に一言も出ない。
10時間のフライトでドバイ到着。すぐにアフガン行きのチケットを購入。ラッキーなことに待ち時間ほとんどなしで、3時間のフライトでカブール着が午前9時半。
あっという間にカブールまで来てしまった。

3ヶ月ぶりのカブールは、明らかに街の様子が違っていた。まずコンクリートの壁が増えた。自爆攻撃を防ぐための要塞である。そしてイラクでも見かけたのだが、不気味な無人飛行船が上空にプカリ。米軍が市民生活を監視するために24時間飛ばしている監視船である。

前回と同じくムスタファホテルに宿泊。その後国連の「選挙監視センター」へ。大統領選挙に不正があったという疑惑を、このセンターで調べて票数を再カウントしている。大きなドームに、多数の選挙箱が積み上げられている。ほとんど全ての「疑惑票」が調べられていて、10月10日に結果が出る予定。かくして8月20日の大統領選挙結果が決着するところまでこぎつけた。あさって10日の発表が楽しみだ。
次にカブールの自爆テロ現場へ。ここは空港からの一本道で、周囲は商店街が広がる大通り。ここでイタリア軍を狙った自動車爆弾が炸裂。イタリアの兵士と市民多数が殺傷された。爆発はかなり大規模なもので、商店街は広範囲に破壊されている。

「俺の息子が死んでしまった、この写真を見てくれ!」とおじいさん。犯人はタリバンだといわれているが、おじいさんは「外国軍が居座るからだよ。米軍もタリバンも同じ犯罪者だ」と嘆く。

夕刻、現地視察に来ている社民党の阿部議員、服部議員と面談。インド洋の給油に代わる民生支援のあり方を調査するため、現地に来られたのだ。あらためて政権が交代したことを実感する。なぜなら自公政権では給油が延長されていただろうし、「危険」といわれているカブールに滞在し、現地調査する議員も出てこなかっただろうと思うからだ。しかし現地を見て見ないと本当の支援のあり方は分からないわけで、こうした国会議員の体を張った調査活動は貴重なものだと思う。

明日は01年にアフガン戦争が始まってからちょうど8年目に当たる日である。明日もきっちりと取材したいものだ。

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このページは、nishitaniが2009年10月 8日 01:50に書いたブログ記事です。

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