避難民キャンプに食料と毛布を配る

避難民キャンプに物資を配る 1 ブログ用.jpg 写真はカブール郊外、チャリカール避難民キャンプ。トラック2台に満杯の食料と毛布を配った。避難民たちは「日本への感謝」を込めて、アラーの神に祈ってくれた。


10月12日、今日はかねてよりの課題であった、「避難民キャンプへの物資援助」を行う。本日より通訳をイブラヒームに交代。イブラヒームはここアフガンの女学校で英語を教えていただけあってクリアーな英語、そして人道支援への熱いハートを持っている頼れる男だ。

イブラヒームとカブール下町で援助物資の買出し。米、小麦、油、砂糖、大豆、お茶をそれぞれ10キロ100袋分。これをトラックに詰め込むだけで2時間かかる。さらに毛布200枚、カーペット200枚を別のトラックに詰め込む。これだけの分量を避難民に配るわけだが、飢えている避難民たちにいきなり配ろうとすると、絶対に彼らはパニックを起こす。あらかじめ、連絡先を入手しているワキール(娘がゴルジュマちゃん)に連絡し、列を作って待つように指示。念のため、地域の警官二人をパニック防止のため臨時雇用。
満を持してキャンプへと向かう。

午後3時、キャンプ到着。キャンプの責任者たちが私たちを待っている。「騒ぐな!」「並べ!」と怒鳴りつつ、何とか列を作らせる。
まず食料の配布スタート。整然と受け取ってくれる。その後毛布とカーペット。首尾よくいっていたのだが、終盤、食料と毛布がなくなりかけたときに、やはりパニック。大声で叫びながら避難民と警官が取っ組み合いのけんかをしている。
警官が避難民を警棒で殴り、事態が収拾。

事態を遠くから眺めていた私は、「また避難民が無理なことを言ったのかな」と思っていた。しかし事実は全く逆だった。残り少なくなった食料と毛布を、警官が「これは俺の家族の分だ」と、避難民に手渡さなかったのだ。
この国では警官への給料が極めて少ないので、色気を出した警官が物資をかすめ取ろうとしたのだ。これでは何のために警官を雇ったのか分からない。でもこれがアフガンの現実なのだ。
日本的感覚で「公務員がワイロにまみれている」というのはたやすい。しかしたかだが150ドル(約15000円)の月給で10人程度の家族を養わねばならない警官も、また必死だった。
もちろん避難民たちはその150ドルも得ておらず、さらに悲惨な生活である。しかし「お前ら、ちゃんと仕事をしろ!」と、警官2人を叱責できなかったのもまた事実である。

一通り物資を配った後、何人かにインタビュー。
「日本のみなさん、ありがとう。アッラーの神が日本のみなさんを守ってくれるでしょう」と、避難民たちはお祈りしてくれた。
本日配布した食料、トラック一杯分は、この避難民キャンプの人々の、およそ10日分でしかない。毛布はこの冬を越すために重宝されるだろう。

「冬のカブールはものすごく寒い。氷点下20度まで下がる。毎年一つの避難民キャンプで50~60人の子どもが死んでしまう。この毛布は、何人かの子どもの命を救うだろう」とイブラヒーム。真冬の1月までに、ストーブと灯油が必要とのこと。死と隣り合わせの避難民キャンプに、国連も政府もNGOも、何の援助もしていないのはなぜだろうか?

以上が本日の行動内容である。明日からしばらくネット環境が悪くなりそうなので、このブログはしばらくお休みである。できるだけ早く発信できることを願う。みなさん心配しないでブログ復活を期待されたし。


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このページは、nishitaniが2009年10月13日 00:26に書いたブログ記事です。

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