カンダハールから無事帰還

3日間このブログを更新できなかったので、心配されていた方もおられたと思う。
実は激戦地カンダハールに行き、現地の戦争被害の実態を取材していたのだ。今は安全なカブールに戻ってきたのでホッと一息ついているところである。

カブールからカンダハールまで飛び、そしてカンダハールで一番警備がしっかりしているホテルに飛び込み、ピンポイント取材を敢行してきた。カブールから陸路でカンダハールに行くこともできるのだが、陸路で行くのはクレイジーだ。おそらく道中、攻撃されてしまう。

このブログにて公開しなかったのは、①外務省から厳重に「カンダハールには行くな」と、いやカブールから出るな、と注意されていたこと、②カンダハールでは外出するのが危険なため、ネットカフェにいけなかったこと、③できるだけ身軽に行動したかったのでノートパソコンを持参しなかったこと、などで物理的に更新できなかったのだ。外務省のみなさん、とりわけ在アフガン日本大使館のみなさん、すいませんでした。無事ですのでご安心を。

タリバンの拠点の町であったカンダハールは、今や再びタリバンの影が忍び寄っている。米軍の空爆があまりにも悲惨なため、また無実の人々が殺され、逮捕されているため、多くの人々が、ニュータリバンになっている。カンダハールの街中で取材していても、外国人は私だけ。非常に目立つし、長居は無用。さっと撮影し、さっと立ち去る。移動中は車の中から街の様子を写す。市内を歩いているとき、こちらから「サラーム(こんにちは)とにこやかに挨拶しても、挨拶を返さない人もいる。カブールとは違う。もともと親切だったであろう人々が、怒りのために暗い表情になっている。

すべての外国人はこの街から出て行け!」というタリバンのメッセージが、じわじわと普通の人々の中に浸透しているように感じる。しかしひとたび話してみると、「日本から来たのか?俺は日本が大好きだよ」と、温かく迎えてくれる人も多い。疑心暗鬼。とっても親切な人に見える一方、この人がもしかしたら足り晩と通じているかもしれない…と感じるのも事実である。

カンダハールはほぼ100%の住民がパシュトン人で、どうみてもタリバン的な格好をしている。私の中に変な先入観が植え付けられているのであろう、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」とでもいうべきか?

今回、カンダハール行きを敢行したのは、通訳のイブラヒーム。彼がいなければカンダハール行きはなかった。イブラヒームと熟慮し、今ならいけるだろうと判断したのだ。

今後米軍の空爆が激しくなれば、二度と行けない街になってしまうかもしれない。それほど微妙な情勢だ。
とりあえず肉体的にも精神的にも疲れたので、詳細については後日報告する。

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このページは、nishitaniが2009年10月16日 04:12に書いたブログ記事です。

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