アフガン・イラクでの取材を振返って 09年10月分

10月24日の夜、無事に帰国。ギラギラとした直射日光を浴びて、「まだまだ暑いなー」と感じていたイラクからの帰国なので、「えらい寒いやん」と震える。裸足にサンダル、半袖シャツという夏のいでたちで関空に降り立てば、寒く感じるのも当たり前か。

ここで約20日間のアフガン&イラクを振り返っておきたい。
まずはアフガン。結論から言って、この時期にアフガンを訪れることができたのはラッキーだった。

まず①岡田外相がアフガンを電撃訪問し、その姿をカメラに収めることができた。インド洋での給油は、「百害あって一利なし」だと思う。サマワへの自衛隊派兵よりは「姿が見えないだけまし」かもしれないが、米軍へ協力するのは殺人者に手を貸すことであるから、絶対に即刻中止すべきである。
現政権は給油を中止し、民生支援に切り替えるべき、と考えている。ぜひ、避難民や病院、学校への支援を、これまで以上に展開してほしい。道路や上下水道の整備、病院の開設などで、近い将来、日本企業の姿が見えるようになってほしい。カブールに関して言えば、企業活動を再開しても大丈夫だと感じる。貧困状態、社会資本の不整備、役人の腐敗、貧富の格差の増大なども、テロを引き起こす要因であるから、その芽を早期に摘み取ることが必要だ。現地の人々は、米企業や中国企業ではなく、日本企業の参加を求めている。

②オバマにノーベル平和賞が出たこと。彼が平和賞を獲得した3日前に、ベドゥインの少女が焼かれている。全身やけどの痛みに耐える少女を見ていると、どんな理由をつけても賞を与えるべきではなかった、と感じる。「核廃絶を口にした」「平和賞を与えることでイランに攻撃させない」など、いろんな「解説」はあるが、「実際に人を殺している人物」に平和賞はないだろう。この戦争は現在進行形である。その意味では佐藤栄作の受賞より罪深い。

③ようやくアフガンの大統領選挙の結果が出て、決選投票になった。ハッキリいって何回投票しようが、カルザイが勝つだろう。アブドラに期待する声も少ない。しかし決選投票をしないことには、「不正選挙で大統領になった」ことになるので、やらざるを得ないのであろう。決選投票をすることで、また多額の予算が使われ、選挙に反対するタリバンは、投票に行く人々を殺すかもしれない。無駄なお金と命が浪費される。しかし国内の人々だけでなく、国際世論をも納得させるために決選投票ということになった。「政治ショー」だと思うが、ここまでこじれた以上仕方がないのかもしれない。

④本格的な冬が到来する直前に、援助物資を届けることができた。標高1800メートルのカブールの冬は半端ではない。夏は何とかしのげるが、問題は冬である。避難民キャンプには、おそらくタリバンとその内通者がいるだろう。だからといって援助物資を届けなければ、多くの人々が凍死する。ボスニアやコソボではすぐに国連が入り、「冬を越すための毛布や食料」が届けられていたが、ここアフガンでの国連の動きは鈍い。ボスニアはヨーロッパで肌の色が白く、アフガンはアジアでいろんな人種が混ざっているからだろうか?カブールには国連施設が一杯あって、職員で街があふれ、国連職員とISAF兵士が落とすドルで、ちょっとした「戦争景気」の様相を示している。そんなカブール中心街からわずか30分のキャンプに、なぜ援助物資が届かないのだろう。UNHCRは、UNICEFは、WFPはいったい何をしているのか?

今、パキスタンタリバンの活動が急激に活発化し、パキスタン全土にテロが拡大している。パキスタンタリバンとアフガンタリバンは「似たもの同士」のように感じる人も多いだろうが、実は全然違うのである。
アフガンタリバンはパキスタン政府の支援を受けて育ってきた。パキスタンタリバンはパキスタン政府の空爆で怒りを爆発させ、政府を狙ったテロを仕掛けている。同じタリバンであるからもちろん「アメリカへの憎しみ」は共通しているだろう。しかし、当面の戦う相手、裏で支援を受けている相手、が違う。

今回の取材で、そんな「入り組んだ関係」について理解を深めることができたのも収穫の一つだった。

ついで、イラクである。昨日バグダッドで大規模なテロがあり、百数十人の人々が犠牲になった。バグダッドは治安が安定しつつあるが、まだまだ戦争状態である。こんなテロが起こると、またまた復興のスピードが遅れる。劣化ウラン弾の被害者と思われる子どもたちへの支援も届きにくくなる。スレイマニアの避難民キャンプが一段落しているので、今後の援助を有効に届けようと思えば、バグダッドに入って、病院や孤児に直接支援することが必要であるが、①ビザがおりにくいことと②治安面で動きにくいことで、やはり支援を続けるのは困難な状態だ。

しかし、だからこそ支援しなければならないのだろう。アフガンの影に隠れて「イラクへの民生支援」がかすみがちだが、間違いなくイラクの人々も、日本の民生支援を待っている。次回は来年の1月になりそうだ。

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このページは、nishitaniが2009年10月26日 17:46に書いたブログ記事です。

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