厳冬のカブールで 2

ゴルジュマちゃん 10年1月 ブログ用.jpg 写真は、昨年10月にも取材したゴルジュマちゃん。片腕がないためにいじめられているという

1月9日午前8時、寒いけれど快晴。水溜りに氷が張っている。ヒンズークシュの山々には雪が積もっているが、ここカブールは、例えて言えば「近畿地方の山奥」くらいの気温。
「今年はとても暖かい。異常気象だね」とはホテルの受付。

昨日同様、イブラヒームと下町の市場で援助物資の買出し。本日はカブールにおける最大の避難民キャンプ、「チャライ・カンバール」にテントと小麦を贈る。
まずは越冬用のテントシートの品定め。
「400家族分を買うのだから、まけてくれよ」と、まずは店主に牽制球を投げる。
「テントシートかね、いいのがあるよ」。店主が出してきたテントシートには、堂々と「UNICEF」の大きな文字。
「おいおい、これは無料で配ったヤツやないかい!」と心の中で叫びながら、「で、一枚いくら?」
「18ドル、でもこちらなら16ドルだよ」。16ドルのテントシートには、やはり堂々と「UNHCR」の大きな文字。
よく見れば、あっちの店にもこっちの店にも、国連物資の横流し品が商品として陳列されている。
「俺たちの募金で国連が買ったんやないか、何でそれが店に並ぶねん!」と怒る方々も多いかもしれないが、ちょっと冷静に考えてみよう。

なぜ国連の援助物資が、店頭に並んでいるか?考えられるパターンは2通りである。
一つ目。UNHCRのテントを配給された避難民が、テントシートより食料品など他の物資がほしかったので、店に売ってしまったケース。これは仕方がない。避難民は生きていくのに必死。テントを2重に受け取って、それを金に替えたとしても、それはそれで「支援が届いた」ことになる。
もう一つは、国連が雇っている現地職員、例えば倉庫番などが数をごまかして横流ししたケースである。Aという避難民キャンプに5千枚テントシートを配った、と帳簿上はなっているのに、実際には3千枚しか配らず、2千枚を抜いてしまったケースだ。これは明らかな犯罪であり、このケースが大勢を占めているだろう。
おそらく国連職員は知っていて見逃しているか、そこまで目が届いていないか。この国は「汚職大国」なので、このような犯罪を完全に取り締まることは、まず不可能。取り締まるべき警察官が汚職にまみれている。さらに言えば、その警官を統括する警察官僚がワイロ漬けで、その官僚を取り仕切るはずのカルザイ大統領の弟が、麻薬王にしてCIAとつながっている人物なのだ。いかりや長介ではないが「ダメだこりゃ」状態。

かくして「無料のはずの」UNHCRのテントシートを、ディスカウントして一枚15ドルでゲット。避難民の、泥でできた家の天井にかぶせてあるテントシートは、もうだいぶ古くなって雨漏りがする。UNHCRのテントシートは丈夫なので、雪が降っても安心だ。

次は小麦。アフガン人の主食はナンである。ナンがない=飢餓なので、小麦粉は最も重要な食料といえる。小麦粉市場へ。店頭の空き地に空高く小麦粉袋が積みあがっている。やはりイブラヒームと値段交渉。
小麦粉一袋、50キログラム入り、16ドルを粘って14ドルまで値下げし、400家族分。小麦粉は品質の良いカザフスタン製。激安だ。

「昨年は小麦粉が非常に高くて、50キロ25ドル以上だった。今年は値下がりしているので、貧しい人々も助かっているよ」とイブラヒーム。

今年が豊作だったからか?おそらく違う。昨年までのマネーゲーム、穀物先物市場で、ヘッジファンドなどカジノ資本が値段を吊り上げていたからではないのか?そのおかげで日常のパンが買えず、腹をすかせていた人々がアフガンには多数存在した。「グローバリズム」「新自由主義」の悪影響を意外なところで実感する。

小麦粉50キロ、400家族分は想像以上に大量で、大型トラック2台分になった。

チャライ・カンバール避難民キャンプで、テントシートと小麦粉を配る。続々と集まってくる避難民たちの中に、昨年10月に取材した片腕の少女ゴルジュマちゃん(9)がいる。
「昨年、買ってあげた人形はどうしたの?」。恥ずかしそうに首を振るゴルジュマ。どうやら他の避難民の子どもに奪われてしまったようだ。
「学校は楽しい?」
「ううん。学校には行ってないの」
「なんで?」
「からかわれるから」
片腕がないのでいじめられているようだ。子どもは時として残酷である。自分たちと違う対象を見つけたとき、それを受け入れず、弾き出してしまう場合もある。
「じゃぁ、普段はどうしてるの?」
「家にいる」
「今一番ほしいものは何?」
「左腕。両手があれば学校に行ける」
「一番大事なものはどっち、友達、それとも食料?」
「食べ物。おなかがすいているもの」。
米軍の空爆で片腕をなくしたのだから、本来、彼女は同情されるべき存在のはずだが、ここはアフガンである。掃除や洗濯が得意でないゴルジュマちゃんは、友達からも家族からも「お荷物」になってしまうのだろうか…。(アフガンでは掃除・洗濯は女性の仕事という不文律がある)

かくしてチャライ・カンバールでも無事、支援物資を届けることができた。改めてお礼申し上げたい。昨日の石炭や本日のテントシートは、確実に何名かの命を救ってくれるだろう。

午後3時、カブール郊外のとある一軒家を訪問。この家の前にはアフガン政府軍が24時間いて、特別警備態勢を取っている。
主の名はムタワッキル師。タリバン時代の外務大臣である。彼はアフガン人の間ではかなり有名な人物で、「穏健派タリバン」の立場から、様々なメッセージを発し続けている人物である。実は昨年10月、アフガン訪問の際に、取材申し入れをしていたのだが、治安上の問題があって取材できなかった。あれから3か月、イブラヒームが粘り強く交渉してくれて、本日インタビューが許可された。
ムタワッキル師の応接間で、彼の出現を待つ。かなり緊張する。聞きたいことは山ほどある。でも下手に質問すると…。
3時半、ガチャッと音がして扉が開く。はじめて見る「正真正銘の」タリバンである。

扉の向こうに現れたのは…。

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このページは、nishitaniが2010年1月10日 01:18に書いたブログ記事です。

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