カンダハールにて 3

米軍に撃たれた遊牧民の子ども ブログ.jpg 写真は昨日のブログで紹介した 米軍に撃たれた遊牧民の子ども


昨日と同様、午前中はミルワイズ病院で戦争被害者の取材。外科病棟で今年に入ってからの統計を見せてもらう。
IDE(仕掛け爆弾)犠牲者が14日間で33人、空爆の犠牲者が69人、銃撃戦が48人だった。合計150人。1日に10人以上が重傷をおってここに運び込まれていることになる。
村で即死した人、金がなくてここまで運べなかった人、軽症だったので地元の病院で手当てを受けている人などを考えると、犠牲者はこの倍にはなるだろう。

アフガンのイラク化。

イラク・バグダッドでは、最悪の時期には一日100人以上が死んだ。中央病院の遺体安置所は、すさまじい死臭であった。
ここミルワイズ病院にも遺体保冷庫がある。イスラムは土葬なので、亡くなっても遺体を焼かずに保存せねばならない。24体入る保冷庫に、7体のご遺体が眠っていた。
昨夏、この保冷庫の電源が切れて、異臭が充満していたという。ここで数日間待って、引き取り手のない遺体は、地方政府が「処置」する。

さて、2度目のカンダハールとも、そろそろお別れである。
信頼できるタクシー運転手を選んで、ここから空港までの、通称「IEDロード」を戻らねばならない。
午後1時、市内のホテルを出発。タクシーは順調に飛ばす。20分ほどで軽い渋滞に巻き込まれる。前方に事故車でもいるのかな、と思ったら、米軍だった。米軍の戦車と装甲車が通過するので、一般車は路肩によける。
通り過ぎて、また10分ほどいくと、今度は本格的な大渋滞。米軍の戦車数十台が約一キロにも及ぶ大車列を作って、「IEDロード」を寸断している。
30分ほど待っても寸分も動かない。仕方なく「IEDロード」をそれて、畑なのか、放牧地なのかわからない乾いた大地を、全ての車が走り出す。

「こんなときが一番危ない。タリバンがあの車列を狙って自爆したら、俺たちは巻き込まれてしまう」イブラヒームが言うまでもなく、全てのトラックドライバー、タクシードライバーは我先に、荒地を進む。
空港まであと数キロの地点。そしてフライト時間が刻々と迫ってくる。
私にとっては緊張の数十分。悪路でタクシーがスタックしないか、立ち往生している車にタリバンが襲ってこないか、飛行機の時間に間に合うのか。3重の恐怖と緊張。
やがて我がタクシーは悪路を抜け、元の「IEDロード」に戻る。

それにしても、何で米軍は道を寸断するのか?「タリバン狩り」でもするつもりなのか?
こんなことを日常的にやられたら、例えば妊婦が出産に間に合わなかったり、急病人が車の中で亡くなったりしてしまう。地元の人々にとっては大迷惑な話なのだ。

何とか空港に着いてカブールへと飛ぶ。しかし今度は私のほか数名の荷物が届かない。
「飛行機が一杯だったので、次の便に積んだ」とのこと。5時間待ち、6時間待ちは当たり前、そして時間通りに飛べば、荷物を積まない。なんともオシャレな航空会社だ。
かくして私は無事カブールに帰ってきた。今夜はイブラヒームと祝杯をあげる予定。

そして明日からはジャララバードに入る。


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このページは、nishitaniが2010年1月14日 22:37に書いたブログ記事です。

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