ジャララバードにて その1

ジャララバード・チャンタラ避難民キャンプの子ども1 ブログ用.jpg 写真は、ジャララバード郊外の「チャンタラ避難民キャンプ」で。8万人が住むキャンプに、井戸が一本もない。

1月15日早朝6時。氷点下のカブールを出発しジャララバードを目指す。カブール~ジャララバード間は、舗装された立派な道。カルザイ政権が巨額の費用をかけて、3年がかりで整備した。おそらく巨額の援助金に、建設会社と政府官僚がおいしいところを持っていったのだろう。

左手に巨大なアフガン軍基地を見ながら、高速道路のような道を30分も行くと、カブールともお別れ。実はカブール市内からこの基地あたりまでが、仕掛け爆弾の可能性が高くて、この「カブール出口検問所」を越えれば、安全性が高まる。ここからジャララバードまで何もなければ約3時間。米軍が通過したりすれば、そのつど待たねばならないので、時には4時間にも5時間にもなる。

本日は金曜日でイスラムの休日。行き交うトラックも少なく、午前9時半、ジャララバードに到着。
早速ジャララバードの避難民キャンプをめざす。

国道を歩く人に道を聞いていると、「プァオーン」という大きなサイレン。一本道の国道を、米軍の車列が通る。先頭の装甲車から米兵がマイクで何か怒鳴っている。「道を空けろ」と言っているのだろう。ちょうどその時、国道沿いの売店にいたので、売店の柱の影から米軍車列を撮影しようと、カメラを取り出したときだった。

「やめろ!撃たれるぞ!」。イブラヒームと周囲にいたおじさんが「撮るな!」と叫ぶ。柱の陰に隠れて撮影しているのが見つかれば、米軍への襲撃者とみなされて容赦なく撃たれるのだ。
「米軍はタリバンよりもずっと恐ろしいぞ」とおじさん。彼はアフガン警察官で、きょうは非番なのだそうだ。国道沿いにいた人々は、私を含め、隠れずにそのままの状態で立つ。抵抗する意思がないことを米軍に示さねばならない。数台の装甲車が通過していく。
近寄ってもいけないし、逃げてもいけない。ただその場で立つ。そして見送る。
これがルールなのだ。

さて、その国道からそれて30分ほどでこぼこ道を走ると、広大な避難民キャンプが現れる。
「チャンタラ避難民キャンプ」には、約8千家族が住んでいる。1家族平均で10人いるとすれば、約8万人もの人々が、ここで不自由なテント生活を送っていると言う計算になる。
見渡す限り、草木一本生えていない乾いた大地。
そこに延々とテントと泥でできた家が続いている。

避難民のほとんどはパシュトン人で、パキスタンから2年ほど前にここに戻ってきた人々である。
2年前、パキスタン政府は「もうお前たちは、アフガンに帰れ」と強制退去させられた。同時にアフガン政府は「政府が土地と家を保障する」と帰還を奨励した。
パキスタン・ペシャワールから帰ってきたものの、政府から土地と家を与えられた人は本の少数で、大多数は約束の土地をもらえず、こうして「帰還難民」となった。

カブールのチャライ・カンバーレ避難民キャンプやパルワンドゥーキャンプと違うのは、水がないこと。乾ききった大地に井戸はなく、避難民たちは川まで水を汲みにいかねばならない。水汲みは女性と子どもの仕事で、1日に数回、プリタンクを担いで片道20分の距離を往復する。川の水は汚いのだが、その水で生活する。

少しばかりの金がある避難民は、水を買う。このキャンプのそばに私企業が井戸を掘削し、ポンプでくみ上げ、それを給水車に積んで、水を売って回っている。
ドラム缶2本分くらいある大きなタンクで、8ドル。日本では安いと感じる人も多いだろうが、ここでの避難民は1日1ドル以下で生活している人がほとんど。8ドルの水を買えない家族は、やはり川の水を飲まねばならない。

貧困ビジネス。
日本では、派遣労働者に不当に高い家賃のアパートや、高金利の金を貸したりして、その良識が疑われる企業があるが、ここアフガンでは大量の避難民相手の商売が成立している。

少年が大きな袋を担いで歩いているので、中を見せてもらう。
中身は雑草を干したもの。「家畜にやるべき草を、ここでは人間が食べているんだ」とイブラヒームが通訳。

国連の援助は、2年間でたったの2回だけ。「タリバンがいる」「危険だ」と思っているのか、援助物資を配ると、「犬のように」すばやく去っていくという。

「8万人か…」延々と続くテントを見ながら、その途方もない規模に、しばし言葉を失う。
日本の援助金50億ドルが、こうしたところに使われるべきである。
私のような一個人が、ちょっとした量の小麦を配っても、それは何の解決にもならないだろう。政府、国連レベルの解決策が望まれている。

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このページは、nishitaniが2010年1月15日 19:23に書いたブログ記事です。

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