ジャララバードにて その2

ジャララバードで 中村さんと ブログ用.jpg

「やぁ、よく来たね」。その人はそこに居るのが当たり前のように、ドアから出てきた。中村哲さん。ジャララバード、ダラエヌールの地で、用水路を建設してもう10年が過ぎている。

まさかダラエヌールで中村さんと会えるとは思っていなかった。この地で農業支援中に、不幸にしてお亡くなりになった伊藤和也さんのお墓にお参りしようと思って、ダラエヌールを訪れた。伊藤さんのお墓の場所を探しながら、道行く人々に聞いていくと、
「俺たちは、日本に感謝している。ナカムラ先生に。ミスターイトーの件は、本当に申し訳ないことをした。イトーのことなら、あそこの事務所で聞けばいい」。紹介されたのが、ペシャワール会の事務所だった。

中村さんは伊藤さんの事件以来、ここで1人で用水路建設に携わっている。ランドクルーザーに乗せてもらい、水路の建設とその結果できあがってきた緑の大地を見せてもらう。
「私が来たとき、ここは全て砂漠でした。この水路は7年前に建設を開始し、3週間後に完成します」
「水さえあれば、人々が生活できるんですね」
「この周辺の土地は、全て私たちが建設した水路が命綱になっています。例えばこの水路は完成すれば23キロになりますが、15万人の命を救ってくれます」

中村氏の言葉通り、水路沿いの土地は見事に小麦畑に変わっている。そして人々が家を作り、村ができ始めている。
「彼らは、この村に帰ってきたのです。旱魃で食えないから難民になった。ジャララバードの橋からこちら側(東側に当たると思う)は、全てこの間私たちが作ったり修繕した水路で、農業が成立しています」
草木も生えない乾いた大地が、一本の水路によって緑に変わっていく。カメラを回しながら、感激して言葉も出ない。

「彼こそ、ノーベル平和賞にふさわしいよ」イブラヒームも感動している。

クナール川の取水口や、洪水時のための貯水池、水門や防砂林などを見て回る。重機も使っているが、アフガン人たちのほとんどは手作業で溝を掘り、石を並べる。私たちが通り過ぎると、みんな笑顔で手を振ってくれる。
「約600人を雇用しています。彼らは農民なので、器用に何でもやりますよ」。
この事業は、大地を潤しながら、現地の人々の雇用も生み出している。
対岸で「HITACHI」と書かれた大型重機を運転しているのもアフガン人。
すると中村さんは水路にジャブジャブ入って行き、なんとその重機を自ら運転し、「こういう具合に土砂で固めて」などと指示している。必要に迫られたとはいえ、土木工学や水流に関する理論などを学ばれたからこそ、できる作業である。

1時間ほど水路に沿って走ると、きれいなモスクと学校が現れた。何とこれらの施設も中村さんたちが建設した、という。
「モスクと学校も3週間後に完成します。水路の開通と合わせて記念式典を行う予定です。あのモスクは、私が設計したんですよ」。

もう完全に脱帽状態。同じ日本人であることに誇りを感じる。
「なぜモスクを作るかというと、まぁ日本で言えば神社みたいなもの。村の共同体にとってモスクが必要なのです。揉め事があっても、モスクでジルガ(会議)をして解決する。モスクで勉強も教えることができる。相談事もモスクで行う。モスクにはいろいろな機能があるのです」

学校は?
「両親を失った孤児が多い。両親が健在でも貧しくて勉強する余裕がない。学校建設も長年の悲願でした」
もちろん、モスクや学校を作っているのも、中村さんたちが雇った現地の人々である。
クナール川下流の、別の村への取水口へ。タリバン時代に作られた用水路が干上がっている。なぜか?原因は対岸の護岸工事。米軍の一部であるPRTが、水路の知識もないままに「見えるところだけ」護岸し、そのままメンテナンスもないままに放置したからである。

どういうことか?PRTが行った「護岸」工事によって、対岸は守られたが、護岸壁に当たってはね返った水流が、こちら側の川底を掘り下げたため、川の水位が低下しこのタリバン時代の取水口に水が届かなくなってしまったのだ。
結果、下流の村が飢えた。

中村さんたちは、新たな取水口を作って、新たな水路を建設中だ。
「米軍は2重に邪魔をする。一つは空爆など戦争で人を殺す。もう一つは、『支援』と称して逆に貴重な財産(この場合は水路)を使えなくしてしまっているのです」。

最後に中村さんはこう訴えた。
「水路を作り始めて、今年で10年になります。今年が一番降雪量が少ない。このまま放置すれば、旱魃になります。3万人の米軍増派で、戦争はさらに拡大する。そんな中飢饉が襲う。今年は間違いなく悲惨な年になります。川の水量が少ない1月2月までに、あの取水口工事と新たな水路建設を急がなければ、暴動が起こる可能性もあります」。

日本は今すぐ、米軍増派に反対し、PRTへの支援をストップし、国際社会の中で平和への対話を呼びかけるべきだろう。50億ドルがPRTへ流れないようにすることが大事だ。現地の人々は、PRTは米軍と同じだと認識している。


トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: ジャララバードにて その2

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.nowiraq.com/mt/mt-tb.cgi/287

コメントする

このブログ記事について

このページは、nishitaniが2010年1月17日 17:21に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「ジャララバードにて その1」です。

次のブログ記事は「厳冬のカブールで 4」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.01