自爆テロと銃撃戦の中で

ピースジルガへの道路.JPG

6月2日、早朝より「ピースジルガ(和平会議)」会場をめざす。今回の通訳はイスマイル。彼はカブール出身で、現在インドでジャーナリズムを学ぶ学生である。休暇でカブールに戻ってきていて、経験を買って採用した。
イスマイルはカブールの裏道も熟知していて、一目散に会場を目指すのだが、メーンストリートはアフガン警察と軍であふれている。大きな交差点は、ほぼ間違いなくカットされ、厳重な通行規制が行われており、大渋滞を来している。
その度に、抜け道を探り、会場に近づいていくのだが、とうとう大通りは全面ストップ。ここから先は歩いてかねばならない。
車を止めて長い坂を上り、下ること30分ほど。ようやくピースジルガが行われているアフガニスタン教育大学の正門前へ。
正門前は、数十人の警官と特殊警察で物々しく警備されている。責任者と交渉し、中へ入れてもらうように頼むが、許可が下りず入れない。小一時間粘ってみたのだが、断念。さっき30分かけて上り下りした道をとぼとぼと歩いていたときだった。

ドーンという乾いた爆発音。
「やったな!」
イスマイルと爆発音がした方向を振り向くと、警官たちが慌てて車に乗って走り出している。爆発は、さっきまで「中に入れろ、無理だ」と交渉していた、あの会場入り口付近で起こった。
しばらくすると、またもドーンという爆発音。その後乾いた銃声が響く。

「ウー、ウー」けたたましいサイレンとともに救急車が通り過ぎていく。そして何台もの軍関係の車が続く。
ドーンという爆発音は合計4回。しかし現場に戻ることは許されない。山ほどいた警官たちが道をブロックして誰も通してくれない。
「明日まで通行止めだよ」イスマイルもこうした現場を何回も取材しているので、アフガン警察の対応を熟知している。
ピースジルガ開催日には、何かが良くないことが起こるかもしれないと感じていたが、やはりそれが現実になった。
あれほど厳重な警備体制を敷いていたのに、防げないのがアフガンの現実だ。
和平会議の評価はいろいろあるだろうが、話し合いを否定するようなこうしたテロは、事態を混乱させるだけだ。
おそらく今日もまた、まじめな警官たちやたまたま通りかかっただけの人々が巻き込まれ、血を流してしまった。こんなことがいつまで続くのだろうか?


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このページは、nishitaniが2010年6月 2日 23:59に書いたブログ記事です。

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