キャンプに食料を配る

キャンプに食料を運ぶ10年6月.JPG 写真はパルワン2キャンプで食料を配っているところ


6月5日、早朝よりカブール下町の市場で、小麦と米、そして油を大型トラックに詰め込む。何しろ、小麦と米、油が100万円分。大型トラック2台に詰め込むだけで2時間かかった。
そのトラックとともにまずはパルワン2、3避難民キャンプへ。あらかじめキャンプのリーダに電話を入れていたので、みんなキャンプの前でお出迎え。
かつては避難民のリストがなかったので、配布の際にパニックになったが、ここでの配布も、もう3回目。みんな整然と待ってくれている。

順調に配布している間に、キャンプの子どもを撮影していく。やはり女の子が軽んじられているようで、靴を履いていない子が多い。
「靴、欲しいか?」とジェスチャーで尋ねると、「欲しい、欲しい」と騒ぎだす。本当はノートと鉛筆も欲しいだろうが、予算の関係で学用品まで手が回らない。
今回の旅で余裕があれば、もう一度市場に行って、靴を買ってこよう。

パルワン2、3での配布を終えて、急いでチャライ・カンバーレ避難民キャンプへと向かう。
ここはカブール最大の避難民キャンプなので、おそらく全員には、米と小麦は行き渡らないかもしれない。
ワキールと再会。左手を失った少女ゴルジュマちゃんの父親だ。
「1月にもらったテントシートが役に立った。でもこれを見てくれ。半年で、もう穴が開き始めている」。
6月はたまに雨が降るので、これでは雨漏りがするようだ。しかしテントシートを買う余裕はない。カブールでは、夏より冬が厳しいので、テントや毛布は次の機会にしよう。
ワキールのテントへ。5歳くらいの少年がぐったりと横たわっている。
「鼻血が止まらなくなった」。ワキールが症状を説明するが、もちろん病院には行ってないので、本当のところはわからない。テントの中が暑いのでのぼせたのかもしれない。
チャライ・カンバーレでも、無事食料の配給が終了。米と小麦は、それぞれ10キロのパックにして配ったのだが、おそらく10キロでは、一週間持つかどうか・・・。

国連はどうしているのか?こんなときにこそ、UNHCR(難民高等弁務官事務所)やWFP(世界食料供給プログラム)の出番ではないのか?
残念ながら、国連スタッフは避難したのだ。タリバンが「すべての外国人は敵」と規定し、国連事務所を襲い始めたため、600人ほどいた国連スタッフが、仕事を続けることが困難になり、ほとんどが避難してしまった。
昨年6月、カブールのメーンストリートでは、青地でUNと書かれた白いランドクルーザーが多数行き交っていたが、その国連カーもほとんどが姿を消してしまった。
アフガニスタンはこれからどうなっていくのだろうか?

最後になりましたが、「イラクの子どもを救う会」に募金いただいたみなさんへ。
今回も無事に避難民キャンプにて、食料を届けることができました。
何人かの子どもが亡くなってしまいましたが、何人かは救われました。
このブログを借りてお礼申し上げます。
ありがとうございました。

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このページは、nishitaniが2010年6月 5日 21:48に書いたブログ記事です。

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