やはり食料が一番

シャイスタくん 弟.jpg 写真は 2月に3歳の姉を失った弟のシエスタくん

6月10日、手漕ぎ車椅子の母子を取材してから、やはりパルワン3キャンプに向かう。
今年1月に、薄手の服一枚で震えていた男の子のその後を追いかけるためだ。1月に撮影した写真を見せながら、住民に尋ねていく。
「あぁ、この子ならアフガンの北部地域、バグランに帰ったよ」。
父親はバグランで仕事を見つけたのだろうか?バグランに帰るための交通費はどうしたのだろうか?ここカブールよりはマシな生活ができていればいいのであるが・・・。
じつはこのパルワン3キャンプだけで、今年になって5人の子どもが亡くなっている。
2月に娘を失ったボンチャグルさん(30)にインタビュー。
「なぜ娘さんが亡くなったのですか?」
「強烈な寒波がキャンプを襲ったからです」
「娘さんは何歳でしたか?」
「3歳でした」
「病院で亡くなったのですか?」
「容態が悪くなって小児科の病院へ連れて行きました。そこは治療費が無料だったので。でも病院は受け入れてくれませんでした。あちこち回りましたが、結局どこも入院させてくれないので、このキャンプにつれて帰って、そしてここで亡くなりました」
「今、子どもは何人ですか?」
「6人でした。娘が亡くなったので5人になりました」
インタビューをしていると、彼女の子どもが寄ってくる。やはり靴を履いていない。
「靴、欲しい?」
「うん」
裸足の子ども.jpg


母親のボンチャグルさんに、靴もいるでしょ?と尋ねると、
「靴なんてなくても死にません。食べ物が必要なのです」。
彼女は、朝食を食べさせているときから、昼食のことを考え、そして夕食はどうなるのかと不安になる。毎日、食事のことばかり考えているのである。
ゆりかごの中で1歳半の弟がぐっすり眠っている。その顔にはハエが数匹。
この弟が、来年の冬を越せるかどうか。
靴を買って配ろうと考えていたが、やはり食料と毛布、石炭などにした方がいいのだろう。今回は靴はやめて、そのお金を貯めておき、10月頃にまたここへやってくる時の、越冬用の物資に充てよう。


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このページは、nishitaniが2010年6月12日 03:42に書いたブログ記事です。

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